第2話 白く輝く土煙
翌日の午後。クナクサの平原は、異様な静けさに包まれていた。
朝から陣形を整え、決戦を待ち構えていたキュロス軍の前に、敵はなかなか姿を現さなかった。兵たちの間に、王は逃げたのではないかという囁きが広がり始めた頃だった。正午を過ぎてもなお、正面にはただ熱に浮かされた陽炎が揺れているだけだ。
「見よ」
誰かが声を上げた。
南東の地平線に、白い雲のようなものが湧き上がっていた。それは次第に横に広がり、やがて平原を覆い尽くすほどの巨大な土煙となった。
しばらくすると、その白さの中に不気味な暗がりが混じり始める。それは無数の兵たちの影だった。土煙の底から、鋭い煌めきが幾千も弾け飛ぶ。それは太陽の光を跳ね返す青銅の兜であり、磨き上げられた盾の列であった。アルタクセルクセス王の主力軍――九十万と号する――実際にはその十~二十分の一以下であろうが――巨大な暴力の塊が、ついにその全容を現したのだ。
まず見えたのは、白い胸当てをつけたティッサフェルネス率いる騎兵の一団。次に籐編みの盾を構えた歩兵、そして巨大な木の盾を構えたエジプト人の重装兵。さらにその背後には、各地から集められた弓兵や投石兵が、民族ごとに四角い密集陣形をなして続いていた。
「来たか」
キュロスは愛馬に跨り、軍の前面へ出た。彼はペルシアの王族の慣習を破り、頭に王冠を戴かず、兜さえ被っていなかった。剥き出しの頭部は、己が王弟キュロスであることを全軍に、そして兄に示すための、あまりにも危険な自負の現れだった。
軍の最前列には、一定の間隔を置いて鎌戦車が配置されていた。車軸から外側へ向けて鋭い鎌を突き出し、御者台の下には地面へ向けて刃を伸ばした、文字通りの殺人機械だ。王はこれをギリシア軍の密集陣形に突っ込ませ、その隊列を切り裂くつもりだった。
キュロスは馬を走らせ、右翼に陣取るギリシア軍の前に出た。クレアルコスが歩み寄る。
「クレアルコス。敵の中央、あの密集陣形を突け」
キュロスは鞭で、遥か彼方、敵陣の最深部にある王の旗印を指し示した。
「兄はあそこにいる。あそこさえ崩せば、我々の勝ちだ。全ては終わる」
だが、クレアルコスは渋い顔をした。彼の視線は、王の旗印よりも自軍の右翼を洗うユーフラテス川に向けられていた。
「我々の右側は川です。今ここから中央へ向かえば、右の側背を敵の騎兵に完全にさらすことになります。……陣形は崩さず、万事うまくやりましょう」
老練な将軍は、戦術的な確実さを優先し、キュロスの命令を事実上拒否した。彼にとって傭兵団は「商品」であり、壊滅的な打撃を被る博打には乗れないのだ。
キュロスは一瞬、激しい舌打ちをしかけたが、すぐに表情を戻した。金で雇った異邦人に、彼らの理屈を超える死地を強いることはできない。それが「雇い主」というものの限界だった。
「よかろう。諸君の戦いを見せよ」
キュロスが去った直後、全軍に戦歌が響き渡った。
「エレレウ!」
地を揺るがす咆哮と共に、青銅の壁が動き出す。ギリシア軍の密集方陣は、最初は一歩ずつ、やがて駆け足へと速度を上げた。
そのうねり、盾を叩く音、そして凄まじい叫び声。
正面にいた王軍の左翼部隊は、戦う前からその威圧感に呑み込まれた。
鎌戦車の御者たちは、激突する前に戦車を捨てて逃げ出した。主を失った戦車は、馬たちがギリシア兵の突き出す槍を恐れて進路を逸らしたため、空虚な空間を虚しく通り過ぎていくだけだった。ギリシア兵たちは訓練通りに列を開いて戦車をやり過ごし、再び列を閉じて前進を続けた。
ギリシア兵は圧倒的だった。
鎧袖一触。
柔らかいものを割くように、王の左翼部隊が崩れてゆく。




