補章14 口先三寸の生存戦略
ティバレノイの砦から供出された大麦と葡萄酒の分配計算を終え、レオンがようやく配給帳を閉じたのは、夜の宿営地が寝静まり始めた頃だった。火床の爆ぜる音が、遠い波音に混じって静かに響いている。
「よお、大層なウソつき主計殿。いや、今や兵站監殿だったな。
フィロンの旦那の立派な後継ぎだ」
不愉快な言葉と共に近づいてきたのは、荷駄護衛頭のミュロンだった。その人相の悪い顔には、あからさまなにやにや笑いが浮かんでいる。
「ミュロン殿。
ウソつきとは人聞きの悪い。
僕はただ、家政における冷徹な損得をカレス殿に説明しただけですが」
「へっ、よく言うぜ」
ミュロンは焚き火の脇にどさりと腰を下ろすと、酒袋をあおった。
「昼間のカレスへの啖呵、後ろで聞いてて呆れ果てたわ。
『折れた槍の先端を空の胃袋に詰め込んで満足するのか』だっけか? 学者崩れの坊ちゃんが、ずいぶんと物騒なハッタリをかますようになったもんだ」
いや、ハッタリではない。あれはただの必死な言い繕いだ。
だいたい、あのまま無益な戦闘を起こされて、傷病者や防具の欠損で帳簿が破綻したら、夜を徹して計算し直す羽目になるのは僕なのだ。
「ただのウソつき」
隣で硬いパンの耳をかじっていたダフネが、感情の起伏のない声で追随した。
「ダフネ、あなたまでそんな目で僕を見るのはやめてください」
「坊ちゃんから、タチの悪いウソつきに進化した。昼間、カレス達は本当に借金奴隷になると思って怯えてた。酷い男」
「……生存のための正当な説得と言ってもらいたいですね」
レオンが眉間を押さえると、ミュロンが楽しそうに喉を鳴らした。
「まあ、ウソだろうがハッタリだろうが、あの強欲な重装歩兵の足を止められたんだ、大したもんだよ。研究塔じゃあ、そういう『綺麗なお化粧』のやり方も講義してくれるのかい?」
「そんな実用的な悪知恵、中央の学問の塔でもタナグラの地方塔でも教えませんよ。
もしそんな科目があれば…僕は今頃指導教官になってるかもしれません」
まったく、現場の人間というのは、僕がどれだけ胃を痛めて冷や汗を流したかも知らずに好き勝手言ってくれる。
ダフネが無言のまま、昼間の贈答品の大麦で作った、少しだけ温かい粥の椀をレオンの膝の上に押し付けてきた。
「食べて。ウソつきは、お腹が空く」
「……その因果関係は、どの自然学の書物にも載っていませんがね」
皮肉を言いながらも粥を口に運ぶと、温かい熱が指先から広がり、昼間の緊張で強張っていた胃の腑がようやく息を吹き返すのを感じた。
「ま、次の都市コテュオラってところでも、その口先が通じるといいがな」
ミュロンが立ち上がり、嫌味っぽく笑う。
「同じギリシア人の町ってのは、蛮族よりかえってケチで疑り深いぞ」
古参兵が去った後、レオンは冷えた潮風の中で西の夜空を見つめた。
次の都市。同じ言葉が通じる同胞の町。そこでは一体、どれほど強固に閉ざされた「門」と、厄介な利害が僕たちを待ち受けているのだろうか。
尖筆を握り直すレオンの横で、ダフネが静かに短剣の手入れを始めていた。




