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ぼろぼろの負け戦をなんとかしてまあまあの負け戦にする方法――研究塔に残れなかった学者のなりそこないのサバイバル  作者: 方丈
BOOK Ⅴ:帳簿役、ギリシア人の世界に帰ってくる(けど、油断できない)
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補章13中編  踊る味方と死ぬ順番

 朝の冷気が山道を包む中、同盟派モッシノイコイの軍勢は、まるでお祭りの最中であるかのように進軍していた。

 低い喉声が幾重にも重なり合い、山肌に反響する。戦士たちは等間隔に並び、白い牛革の盾を鉄斧の背でリズミカルに叩きながら、左右にステップを踏むようにして足を止めない。その一見すると戦いとは思えない奇妙な動きを、ギリシア軍の若い重装歩兵は丸盾を肩に担ぎながら笑い飛ばしていた。


「おい、見ろよ。あいつら、本当に戦う気があるのか?」

 若い兵は、隣を行く仲間に向かって顎をしゃくった。

「踊りながら砦に突っ込むつもりらしい。あんな小さな皮の盾じゃ、石一つ防げやしないだろうに」


 ギリシア兵たちの間には、どこか弛緩した空気が漂っていた。彼らはすでに海を見たのだ。故郷へ繋がる水平線を目にした後では、この目の前にある異民族の頑固な砦さえも、帰郷を少し遅らせるだけの邪魔者にしか見えなかった。

 それに、戦利品の欲もあった。過酷な雪山を越え、多くの仲間を泥の中に埋めてきたのだ。手ぶらで故郷の門をくぐるわけにはいかない。死んだ連中の分まで、何か価値のあるものを持ち帰らなければ、この長い苦難の帳尻が合わないではないか。そう考えると、尾根の頂に立つ木塔の影は、敵の堅固な要塞というよりも、財宝や食糧が詰まった、まだ開けられていない倉のように思えてならなかった。


 先に行けば、先に戦利品を取れる。

 同盟派の野蛮人どもが歌いながら斜面を登っていくのを見ているうちに、若い兵の足が自然と前へと進み出た。本隊の指揮官たちが慎重に戦力を整えている間に、少し先走って稼いでやろうという誘惑に、周囲の十数人の重装歩兵たちも乗せられていた。

「列を離れるな!」

 背後から、百人隊長カレスの鋭い叱責が飛んだ。

「戦利品逃げんぞ! 戻れ、まだ前進の命令は出ていない!」

 だが、欲に目が眩んだ若い兵たちの耳には、その怒号も遠い雑音にしか聞こえなかった。同盟派の戦士たちの列に混ざり、彼らは我先にと斜面を駆け上がっていった。


 木塔側の抵抗は、驚くほど脆弱に見えた。

 砦の木柵の一部は、まるで以前の戦いで壊れたまま放置されているかのように、不自然に口を開けていた。穀物倉の重い戸が半分開き、中から麦の袋が覗いているのが見える。敵の姿はまばらで、こちらの手の届く距離まで近づくと、怯えたように背中を向けて奥へと逃げ出していく。投げ下ろされる石もまばらで、勢いづいた同盟派の歌声はさらに高まった。

「おい、本当に敵は逃げていくぞ! 倉へ急げ!」

 若いギリシア兵は盾を掲げ、笑いながら開かれた木柵の隙間へと飛び込んだ。


 次の瞬間、歌声が引き裂かれた。


 逃げていたはずの敵が、岩陰や木塔の上から一斉に姿を現した。

 空気を切り裂く異様な風切り音とともに、人間の頭ほどもある巨石が容赦なく降り注ぐ。まともに投石を浴びた同盟派の戦士が、革盾ごと砕かれて泥の中に転がった。さらに、横合いの険しい藪の中から、長く、信じられないほど重い槍を持った木塔側の戦士たちが泥水を引きずりながら突撃してきた。


 足場は最悪だった。雨でぬかるんだ急斜面は踏ん張りが効かず、若い重装歩兵の頑丈なサンダルは泥を掴めずに滑った。

 重装歩兵は、隊列の中にいるからこそ無敵の壁となる。しかし、こうして一人で険しい斜面に放り出されれば、ただの重い盾を持った不器用な孤立者にすぎない。

 突き出された敵の槍は、ギリシアの槍よりも二回りも長かった。こちらの間合いの外から、容赦なく肉を貫きに来る。防ごうと丸盾を掲げたが、上空からの投石が青銅の面を激しく叩いた。


 盾は重い。だが、隣の盾がない時ほど、この青銅が重いとは知らなかった。

 右側を支えてくれる仲間の盾がなく、左側を守るべき自分の盾の縁は、どこを向いても虚空を払うだけだった。後ろから押し上げてくれる総身の圧力もない。あるのは、背後から聞こえる味方の悲鳴と、同盟派の歌が絶望の叫びへと変わっていく狂乱だけだった。


「退け! 下に退くんだ!」

 誰かが叫んだが、長い槍が横腹を深く貫いた。

 若い兵は無我夢中で盾を振り回し、泥にまみれながら斜面を転げ落ちた。途中で槍を失い、青銅の兜も吹き飛んだ。ただ生き延びたいという恐怖だけが、彼の足を下へと動かしていた。


 命からがら本隊の戦列まで逃げ戻った若い兵は、地面に這いつくばりながら激しく息を乱した。

 見上げれば、尾根の木塔の上で、木塔側の戦士たちが勝ち誇った声を上げていた。彼らの手には、先ほどまでギリシア兵が持っていたはずの丸盾や兜が握られ、挑発するように掲げられていた。奪われた青銅の盾が、朝日に反射して眩しく光っている。その屈辱的な輝きが、逃げ帰った兵たちの胸を深く抉った。


 同盟派の歌は完全に途絶え、浜辺には重苦しい沈黙が広がっていた。

 百人隊長カレスが、怒気もあらわに逃げ勝った若者たちをにらむ。

 拳は血がにじむほど握り締められ、怒りに肩を震わせていた。

 先走った身内の無様な敗北に、重装歩兵たちの顔が屈辱で赤黒く染まる。

 死人が出ていなければ、命令違反のかどで、2~3発は殴っていただろう。


 その沈黙を破り、クセノポンが前に出た。彼は兵たちを集め、その厳しい視線で一同を見回した。

「敵は大したことはない、烏合の衆よりはまし程度の存在だ」

 クセノポンの声は、怒号よりも冷たく、兵たちの耳に突き刺さった。

「残念ながら、こちらが軍であることを忘れ、烏合の衆に成り下がったから……無秩序に走ったから敗れたのだ。

 同盟の者の踊りを笑った者が、いたが、われわれも同程度の蛮族だということを証明してしまったのだ!」


 誰も何も言い返せなかった。

 将軍ケイリソポスが歩み出で、奪われた盾が掲げられている木塔を静かに見据えた。彼の顔には焦りも怯えもなかった。ただ、軍人としての冷徹な決断だけがあった。


「次は、列を組んで行くぞ、抜け駆けは許さん」


 ケイリソポスは短くそう言った。

 木塔の上で、奪われた盾が朝日に光っていた。次に動くのは、歌ではなく、隊列だった。

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― 新着の感想 ―
面白いお話を毎回楽しみに読ませて頂いてます。投稿頻度が早いので読み手は嬉しいのですが御身体には気を付けて無理せずお願いします。
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