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神様は、明日を知らない』 ――全知全能の神が、人間になった理由――  作者: 亀


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第八十八章 知らない人からの贈り物

朝。


アポロンは玄関で靴を履いていた。


「今日、少し早く帰れる?」


美咲が聞いた。


「たぶん」


「たぶん?」


「仕事がどうなるか分からない」


「そうだね」


美咲は笑った。


「じゃあ、帰れたら一緒に夕飯食べよう」


「分かった」


それだけ言って、家を出る。


駅へ向かう。


途中で、昨日とは違う道を歩いてみた。


いつもの道を少しだけ外れる。


小さな住宅街。


知らない家。


知らない店。


知らない人。


アポロンは歩きながら、道端に小さな箱が置かれているのを見つけた。


箱の横には紙が貼ってある。


『ご自由にどうぞ』


中には、古い本が何冊か入っていた。


アポロンは立ち止まる。


一冊手に取る。


表紙は少し汚れている。


中を開く。


文字は読める。


けれど、内容は知らない。


「……」


しばらく迷ってから、その本を持っていくことにした。


箱の横に、小さな封筒が置かれていた。


そこには、


『読んだら、次の人へ』


と書いてある。


アポロンは封筒を見た。


「次の人?」


誰が書いたのか分からない。


誰のために置いたのかも分からない。


けれど。


本を一冊持って帰る。


駅に着く。


電車の中で本を開く。


少し読む。


面白い。


続きを読みたくなった。


仕事へ向かう。


店に着く。


「おはよう」


健一が言う。


「おはよう」


「今日は早いな」


「少し早く出た」


「何かあった?」


「本をもらった」


「誰から?」


「知らない人」


健一が笑う。


「それ、もらったって言うのか?」


「そう書いてあった」


「まあ、確かに」


仕事が始まる。


午前中。


忙しく働く。


昼休み。


アポロンは本を取り出した。


少しだけ読む。


佐藤が覗き込む。


「何読んでるんですか?」


「分からない」


「タイトル知らないんですか?」


「知っている」


「じゃあ、何が分からないんです?」


「まだ最後まで読んでいない」


「ああ」


佐藤は笑った。


「それはそうですね」


アポロンも少し笑った。


本を閉じる。


仕事が終わる。


帰り道。


朝の箱を見るために、少し遠回りする。


まだ置いてある。


本は減っている。


代わりに、新しい本が一冊増えていた。


アポロンはそれを見た。


誰かが持ってきたのだろう。


最初からそこにあった本ではない。


誰かが読んだ。


そして。


別の誰かに渡すために、そこへ置いた。


アポロンは少し考えた。


自分が読んだ本も。


いつかここへ戻せばいい。


そう思った。


家に帰る。


「おかえり」


美咲が言う。


「ただいま」


「今日は早かったね」


「うん」


アポロンは本を見せた。


「これ、もらった」


「誰から?」


「知らない人」


美咲は本を受け取る。


「へえ」


「読んだら、次の人へ渡すらしい」


「面白いね」


「うん」


夕食を食べる。


食後。


アポロンは本を読む。


美咲はテレビを見る。


同じ部屋で、別々のことをしている。


しばらくして、美咲が聞く。


「面白い?」


「まだ途中」


「じゃあ、楽しみが残ってるね」


アポロンは本を見る。


「そうだな」


夜。


本を閉じる。


机の上に置く。


まだ途中。


結末を知らない。


誰が次に読むのかも知らない。


誰がこの本を置いたのかも知らない。


それでも。


その本は、自分のところまで来た。


神だった頃。


アポロンは、すべての物事の始まりと終わりを知っていた。


今は。


一冊の本の途中さえ、知らない。


それが少し嬉しかった。


明日。


続きを読もう。


そして、いつか読み終えたら。


次の人へ渡そう。


その人が誰なのかは、知らなくてもいい。


アポロンは本を閉じた。


まだ終わっていない物語を、机の上に残したまま。


眠りについた。

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