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神様は、明日を知らない』 ――全知全能の神が、人間になった理由――  作者: 亀


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第八十七章 途中で変わること

朝。


アポロンは目を覚ますと、昨日買った白いノートを思い出した。


今日は何か書こう。


そう思った。


けれど。


何を書くかは決めなかった。


朝食を食べる。


コーヒーを飲む。


いつものように家を出る。


駅へ向かう途中、美咲が言った。


「今日、帰りに買い物してもいい?」


「いいよ」


「夕飯、何にするか考えてる?」


「まだ」


「じゃあ、帰りに見て決めよう」


「分かった」


電車に乗る。


仕事へ行く。


午前中はいつも通りだった。


昼前。


健一がアポロンに声をかける。


「今日、帰りに少し手伝ってくれないか?」


「何を?」


「倉庫の棚を動かしたい」


「分かった」


その時点では、それだけだった。


けれど。


午後になって、突然忙しくなった。


注文が重なり、予定より仕事が長引いた。


アポロンは時計を見る。


「棚は?」


「今日はいい」


健一が言った。


「明日にしよう」


「分かった」


朝に決めたことが、夕方には変わっている。


それだけだった。


仕事が終わる。


外へ出ると、美咲からメッセージが来ていた。


『先に買い物してるね』


アポロンは返信する。


『分かった』


駅へ向かう。


途中で、朝見つけた文房具店の前を通った。


昨日買った白いノートを思い出す。


まだ一ページしか使っていない。


店の前で立ち止まる。


入ろうとして。


やめた。


今日は必要ない。


そのまま歩く。


スーパーで美咲と合流した。


「何食べる?」


「分からない」


「私も」


二人で売り場を歩く。


魚を見る。


肉を見る。


野菜を見る。


惣菜を見る。


どれにするか決まらない。


美咲が言った。


「今日は簡単にしようか」


「うん」


結局、二人で食べたいものをいくつか選んだ。


家に帰る。


料理を始める。


途中で、美咲が冷蔵庫を開けた。


「あ」


「どうした?」


「卵、買い忘れた」


アポロンは買い物袋を見る。


確かにない。


「じゃあ、取りに行く?」


「もういいよ。なくても作れる」


「そうか」


予定していた料理は、少し変わった。


それでも夕食はできた。


食卓につく。


「これ、予定してたのと違うね」


美咲が言う。


「うん」


「でも、こっちの方が楽かも」


アポロンは料理を見る。


「そうかもしれない」


食事を終える。


片付けをして。


風呂に入る。


そして、机に向かった。


白いノートを開く。


昨日の一行がある。


『今日は、何も書くことがなかった。』


アポロンはその下に、もう一行書いた。


『今日は、予定していたことがいくつか変わった。』


そこで止まる。


しばらく考える。


さらに書いた。


『でも、一日は終わった。』


ペンを置く。


三行だけ。


美咲が後ろから覗く。


「今日は書けたね」


「うん」


「どうだった?」


アポロンはノートを見る。


「思っていたより、書くことがあった」


「毎日何かあるからね」


「そうだな」


ノートを閉じる。


神だった頃。


未来は最初から決まっていた。


少なくとも、アポロンにとってはそうだった。


何が起こるのか。


誰が何をするのか。


どんな結果になるのか。


すべて知っていた。


だから、予定が変わるということも。


本当の意味では知らなかった。


今は違う。


朝に決めたことが変わる。


人の都合で変わる。


天気で変わる。


仕事で変わる。


自分の気分でも変わる。


それでも。


一日は続いていく。


アポロンはノートを引き出しにしまった。


明日の予定を考える。


けれど。


全部は決めなかった。


「明日は、明日になってから考えよう」


そう呟く。


部屋の明かりを消す。


暗くなった部屋で。


アポロンは少しだけ笑った。


予定通りにならない一日も。


悪くなかった。

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