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神様は、明日を知らない』 ――全知全能の神が、人間になった理由――  作者: 亀


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第七十七章 眠れない夜

夜。


アポロンはベッドに入った。


部屋の明かりを消す。


隣の部屋から、美咲が食器を片付ける音が聞こえている。


水の音。


食器が触れる音。


蛇口を閉める音。


やがて、静かになった。


アポロンは目を閉じた。


眠れない。


もう一度、目を閉じる。


それでも眠れない。


時計を見る。


午前零時を少し過ぎていた。


「眠れないの?」


暗い部屋の入口から、美咲の声がした。


「起きていたのか」


「水飲もうと思って」


「そうか」


美咲が部屋の明かりを少しだけつける。


「眠れない?」


「分からない」


「眠い?」


「少し」


「じゃあ、寝られるかもね」


「そういうものなのか?」


「たぶん」


美咲は水を飲んだ。


それから部屋を出ようとした。


「美咲」


「何?」


「人間は、眠れない時どうする?」


「人によるよ」


「君は?」


「本を読むこともあるし、音楽を聴くこともある。何もしないで目を閉じてることもある」


「眠ろうとしなくてもいいのか?」


「無理に寝ようとすると、余計に眠れないから」


アポロンは少し考えた。


「なるほど」


美咲は部屋を出ていった。


アポロンもベッドから起き上がった。


机の上に置いていた本を手に取る。


数ページ読む。


内容が頭に入ってこない。


本を閉じる。


窓の外を見る。


街灯が一つ見える。


車が一台、静かに通り過ぎた。


アポロンは窓を少し開けた。


冷たい空気が入ってくる。


「寒い」


昨日買った手袋を思い出した。


手袋は玄関にある。


今は必要ない。


窓を閉める。


ベッドに戻る。


目を閉じる。


今度は、少し眠れそうだった。


けれど。


突然、昔のことを思い出した。


神だった頃。


眠る必要はなかった。


夜が来ても。


朝が来ても。


身体は疲れなかった。


眠気もなかった。


誰かが眠っている間にも、世界で何が起きているのかを知っていた。


眠るということは、知らない時間を作ることなのかもしれない。


目を閉じている間。


自分の知らないところで、世界が動いていく。


人間は、それを当たり前のように受け入れて眠る。


アポロンはそのことを、今まで考えたことがなかった。


「……知らないまま、眠る」


小さく呟く。


それは少し怖い。


けれど。


同時に、どこか安心する。


全部を見続けなくてもいい。


全部を知り続けなくてもいい。


明日の朝になれば、また目を開ければいい。


アポロンは布団をかぶった。


隣の部屋から、時計の音が聞こえる。


一秒。


また一秒。


時間が進んでいる。


何が起きているのかは分からない。


それでも。


今は、それでよかった。


アポロンは目を閉じた。


しばらくして。


いつの間にか、眠っていた。


朝。


目覚ましが鳴った。


アポロンは目を開けた。


窓から光が入っている。


「朝……」


昨日の夜のことを思い出す。


眠れなかった時間。


知らないまま過ぎていった時間。


けれど。


何も問題は起きなかった。


美咲が部屋の外から声をかける。


「アポロン、起きた?」


「起きた」


「おはよう」


「おはよう」


アポロンはベッドから起き上がった。


昨日の夜、自分が知らなかった時間が。


ちゃんと朝になっていた。

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