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神様は、明日を知らない』 ――全知全能の神が、人間になった理由――  作者: 亀


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第六十五章 終わりのあと

翌朝。


アポロンは、目を覚ますと昨日の本を手に取った。


残りは、あと少しだった。


朝食を食べ終えてから読もうか。


それとも、今読んでしまおうか。


少し迷った。


「どうしたの?」


美咲が聞く。


「本が、もうすぐ終わる」


「昨日も言ってたね」


「そうだったな」


「じゃあ、朝ご飯を食べてからにしたら?」


「分かった」


本をテーブルに置く。


朝食を食べる。


いつものパンと卵。


牛乳。


特別なものは何もない。


食べ終わると、アポロンは本を開いた。


一ページ。


また一ページ。


物語は少しずつ結末へ向かっていく。


そして。


最後のページを読み終えた。


アポロンは本を閉じた。


「終わった?」


美咲が聞く。


「終わった」


「どうだった?」


アポロンは少し考えた。


「……よかった」


「それだけ?」


「今は、それしか言えない」


美咲は笑った。


「じゃあ、面白かったんだね」


「そうだな」


本を閉じたまま、しばらく手を置いていた。


物語は終わった。


けれど。


何かがなくなったわけではない。


登場人物たちは、もうページの中で動かない。


それでも、読んだ時間は残っている。


アポロンは、そのことを考えていた。


神だった頃。


終わりは、ただの一つの地点だった。


始まりも終わりも、すべて見えていた。


だから、終わることに驚かなかった。


今は違う。


終わってから、初めて分かることがある。


「本って、不思議だな」


「何が?」


「読み終わっても、なくならない」


美咲は少し考えた。


「記憶に残るから?」


「そうかもしれない」


美咲は本を手に取った。


「じゃあ、次は何読むの?」


「まだ決めていない」


「また本屋に行けばいいよ」


「そうだな」


その日は仕事だった。


アポロンは本を棚に置いて、家を出た。


店ではいつもの仕事が待っていた。


皿を運ぶ。


注文を聞く。


テーブルを片付ける。


昼過ぎ、健一が新しいメニューについて話していた。


「この前の料理、少し変えてみようと思ってる」


「昨日の?」


「そう。味をもう少し調整してみる」


「では、名前も変わるのか?」


「まだ決めてない」


アポロンは少し笑った。


「まだ決めていないものが、最近多いな」


「そうか?」


「本も。夕食も。料理の名前も」


健一が笑う。


「決めなくてもいいことは、決めなくていいんじゃないか?」


「なるほど」


午後の仕事が終わる。


帰り道。


アポロンは駅前の本屋を通り過ぎた。


新しい本が並んでいる。


少しだけ立ち止まった。


一冊、手に取る。


表紙を見る。


知らない作家。


知らない物語。


ページを数ページだけ読む。


やはり、内容は分からない。


だから、買った。


家に帰ると、美咲がいた。


「また買ったの?」


「うん」


「早いね」


「まだ読んでいない」


「それはそうだね」


美咲が笑った。


アポロンは本をテーブルに置いた。


「今日は読まない」


「珍しい」


「明日にする」


「じゃあ、明日が楽しみだね」


アポロンは、その言葉を聞いて本を見る。


明日。


その本を読む。


それだけの予定だった。


けれど。


それだけで、明日を少し待つ理由になる。


夜。


アポロンはベッドに入った。


隣の部屋から、美咲が電気を消す音が聞こえる。


静かな夜だった。


アポロンは目を閉じた。


その時、ふと昔のことを思い出した。


神だった頃。


眠る必要はなかった。


明日を待つ必要もなかった。


世界のすべてが、いつでも自分の中にあった。


だから。


眠るという行為さえ、知らなかった。


今は違う。


目を閉じれば、今日が終わる。


そして、朝になれば明日が始まる。


その間に何が起きるのか。


今の自分には、分からない。


アポロンは少しだけ笑った。


「……明日、読もう」


誰に言うでもなく呟く。


そして、目を閉じた。


眠りに落ちる直前。


ほんの一瞬だけ。


世界中から届いていた、かつての祈りの声が蘇った。


無数の声。


無数の願い。


その中に、いつも同じような言葉があった。


「明日も、無事でありますように」


アポロンは、その意味を今なら少し理解できる気がした。


明日が分からないから。


人は、明日を願う。


そして。


明日が分からないからこそ。


眠ることができるのかもしれない。


アポロンは、そのまま眠った。

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