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神様は、明日を知らない』 ――全知全能の神が、人間になった理由――  作者: 亀


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第五十九章 知らない明日

翌朝。


アポロンは、目を覚ますとすぐに時計を見た。


午前六時半。


いつもと同じ時間だった。


カーテンを開ける。


空は晴れていた。


昨日の時点で、今日の天気は知っていた。


けれど、実際に窓を開けて朝の空気を感じると、少しだけ違っていた。


冷たい。


けれど、冬ほどではない。


アポロンは窓を閉めた。


「今日は、何をしようか」


誰に聞くでもなく呟いた。


仕事はある。


夕方まで働く。


その後は帰る。


昨日までなら、それで十分だった。


けれど今日は、その先を決めていなかった。


仕事へ向かう途中、駅の前で立ち止まった。


右へ行けば駅。


左へ行けば商店街。


まっすぐ進めば、以前行った公園がある。


どこへ行くかは、決まっている。


正確には。


決められる。


アポロンは少し考えた。


そして駅へ向かった。


仕事が終わった。


「お疲れさん」


健一が言う。


「お疲れさまでした」


佐藤も帰り支度をしている。


「アポロンさん」


「何だ?」


「今日、駅前の本屋に寄ります?」


「本屋?」


「新しい雑誌が入ったらしいので」


アポロンは少し考えた。


「行ってみよう」


「じゃあ、また後で」


佐藤は先に店を出た。


アポロンも店を出る。


駅へ向かう道を歩きながら、ふと思った。


自分から決めたわけではない。


誘われたから、一緒に行く。


それだけのことだった。


けれど。


こういう予定も悪くない。


本屋に着くと、佐藤は雑誌の棚へ向かった。


アポロンは小説の棚を眺める。


一冊の本を手に取った。


表紙には、知らない名前の作家が書かれている。


裏返して、あらすじを見る。


知らない。


当然だった。


まだ読んでいないのだから。


以前のアポロンなら、内容を知ることなど簡単だった。


本を開く必要すらない。


作者が何を考えていたのか。


登場人物がどう動くのか。


最後に何が起きるのか。


すべて知ることができた。


それでも。


今は、ページを開く。


一ページ目。


二ページ目。


三ページ目。


「……続きが気になる」


自分でも少し驚いた。


佐藤が横から見る。


「買うんですか?」


「まだ分からない」


「珍しいですね」


「何が?」


「アポロンさん、いつもすぐ決めるから」


アポロンは本を見た。


「今日は決めない」


「そういう日もありますよ」


佐藤は雑誌を持ってレジへ向かった。


アポロンはしばらくその場に立っていた。


買う。


買わない。


どちらでもいい。


けれど、決めないという選択肢がある。


それが少し面白かった。


結局、その本を買った。


店を出る。


佐藤とは駅で別れた。


「じゃあ、お疲れさまです」


「お疲れさま」


一人になる。


アポロンは本の入った袋を持って歩いた。


家に帰ると、美咲がテレビを見ていた。


「おかえり」


「ただいま」


「何それ?」


「本を買った」


「珍しいね」


「そうか?」


「うん。どんな本?」


「まだ分からない」


美咲が笑った。


「買ったのに?」


「読んでいないから」


「じゃあ、読めば?」


「今から?」


「うん」


アポロンは袋から本を取り出した。


ソファに座る。


美咲はテレビを見る。


アポロンは本を開く。


静かな時間が流れた。


ページをめくる。


知らない文章。


知らない人物。


知らない結末。


それが、少し楽しい。


しばらくして、美咲が言った。


「面白い?」


「まだ分からない」


「じゃあ、明日には分かるかな」


アポロンは本から顔を上げた。


「……明日か」


「うん」


「そうだな」


本を閉じる。


まだ半分も読んでいない。


続きは明日読めばいい。


神だった頃には。


すべてを知っていた。


だから、途中で本を閉じる意味などなかった。


今は違う。


知らないからこそ。


明日、またページを開く理由がある。


アポロンは本をテーブルの上に置いた。


「明日、続きを読もう」


美咲は笑った。


「楽しみにしてるんだね」


アポロンは少し考えた。


「……そうみたいだ」


その夜。


アポロンは眠る前に、明日のことを考えた。


仕事がある。


朝になれば起きる。


本の続きを読む。


美咲と食事をする。


そのどれも、特別な予定ではない。


けれど。


明日にならなければ分からないことが、少しだけ残っている。


それだけで。


眠る前の時間が、以前より長く感じられた。

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