第281章 残された原本
翌朝、森川のもとに連絡が入った。
旧管理資料の保管場所で、未整理の記録が見つかったという。
記録の内容は、まだ確認されていない。
ただし、管理番号は、これまで調べてきた初期支援記録と連続していた。
森川は高瀬と山本に連絡し、三人で保管施設へ向かった。
そこには、統合前の管理区分ごとに整理された箱が並んでいた。
一部には移管先が記されていたが、受領記録がないものもある。
担当者は、該当する箱を机の上に置いた。
「こちらは、旧システムの終了時に別管理へ移された資料です。現在の台帳には、移管したという記録だけが残っています」
「移管先は分かりますか」
森川が尋ねた。
「管理区分までは分かります。ただ、個々の資料が実際にどこへ移されたかは、すべて確認できていません」
「この箱の内容を確認できますか」
「手続き上の確認が必要ですが、調査目的と対象資料が特定されていますので、担当部署に照会します」
三人は必要な手続きを済ませ、資料の閲覧を待った。
昼過ぎ、許可が下りた。
箱の中には、古い申請書、手順書、処理記録が混在していた。
森川は管理番号を照合しながら、一つずつ確認していった。
最初に見つかったのは、すでに調べた初期支援の申請記録だった。
「創造主の人間化支援」
その下に、関係者の記載がある。
ただし、氏名欄は別紙参照となっていた。
別紙は見当たらない。
高瀬が次の書類を手に取った。
「こちらは、支援に関する実施手順のようです」
記載されていたのは、支援対象の状態を確認し、関連する記録を照合し、処理結果を管理するという手順だった。
しかし、信徒が何を提供するのか、どのような代価が発生するのかについては、具体的な説明がなかった。
山本は書類の裏面を確認した。
「裏に番号があります」
森川が番号を控え、別の資料と照合する。
しばらくして、古い索引の一行と一致した。
記載は短かった。
「契約原本」
保管先は、同じ管理区分だった。
しかし、原本の所在欄には、別の番号が記されていた。
その番号を追うと、今度は旧システムの移管記録に行き着いた。
移管先は、個別の行政記録を管理する部署ではなかった。
「共通処理資料」
そう記されていた。
森川は、その名称を見つめた。
「これまで確認してきた、0000の共通照合処理と関係している可能性があります」
「可能性ですね」
高瀬が確認した。
「まだ同じものだとは言えません」
「分かっています」
森川は移管記録を保存した。
その日の調査では、契約原本そのものは見つからなかった。
だが、初期支援の申請記録から、契約原本、そして共通処理資料へと続く管理番号のつながりは確認できた。
三人は、次に照会すべき資料を特定した。
帰り道、森川はアポロンに電話をかけた。
「初期支援の契約原本につながる記録が見つかりました」
「契約の内容は?」
「まだ分かりません。ただ、原本が共通処理資料の管理区分へ移された記録があります」
「0000と関係があるのか」
「その可能性はありますが、現時点では確認できていません」
アポロンは短く答えた。
「分かった。続けてくれ」
電話を切ったあと、彼はしばらく窓の外を見ていた。
契約。
その言葉には、かすかな記憶があった。
誰かが、自分のために何かをしようとしていた。
自分の願いを知っていた者がいた。
だが、それが誰だったのか。
何を約束したのか。
思い出そうとしても、輪郭は浮かばなかった。
夕方、美咲が帰宅した。
「何か進展があった?」
「契約の原本につながる記録が見つかった」
「中身は?」
「まだ分からない」
美咲は鞄を置き、上着を脱いだ。
「じゃあ、これからだね」
「ああ」
「夕飯、先に作っておこうか。調査の連絡が来ても、食べる時間くらいは必要だから」
アポロンは頷いた。
二人で台所に立った。
美咲が野菜を切り、アポロンが鍋に水を入れる。
その途中、彼は手を止めた。
「美咲」
「なに?」
「もし、誰かが私の願いをかなえるために、他の人間と約束をしていたとしたら」
美咲は包丁を置いた。
「うん」
「その約束が、私の知らないところで続いていたとしたら、私はどうすればいい」
美咲はすぐには答えなかった。
少し考えてから、言った。
「まず、何を約束したのかを確かめるんじゃない?」
「それから?」
「その約束で、誰が何を失ったのかも」
アポロンは黙っていた。
「アポロンが望んだことと、誰かが実際にしたことは、同じとは限らないから」
美咲は再び包丁を手に取った。
「それを確かめてから、どうするか考えればいいと思う」
鍋の中で、水が少しずつ温まっていく。
アポロンは再び火をつけた。
その夜、森川から追加の連絡が届いた。
共通処理資料の管理番号に対応する記録が、別の保管場所で確認されたという。
資料の名称は、簡潔だった。
「初期契約関連資料」
閲覧できるかどうかは、まだ確定していない。
森川は照会を続けると伝えた。
アポロンは画面を閉じた。
契約の内容は、まだ知らない。
誰が関わっていたのかも、何が失われたのかも分からない。
ただ、最初の約束に近づいていることだけは分かった。
彼は明かりを消し、寝室へ向かった。
明日、何が見つかるのか。
今は、まだ知らなかった。




