第265章 誰の通知
翌朝、アポロンは保存した通知を森川に見せた。
『共通照合処理:対象範囲更新』
その下には、対象範囲が『全体』に更新された時刻が記載されていた。
森川は、通知とこれまでの調査記録を照合した。
「この通知は、どこから届いた?」
「分からない。問い合わせに使っている画面とは別のところに表示された」
「通知を受け取る設定をした覚えは?」
「ない」
森川は、画面を拡大した。
通知には送信元の名称がなかった。
識別番号もない。
問い合わせ番号との関連を示す情報もなかった。
ただ、0000の共通照合処理と同じ名称が表示されていた。
「この端末に、通知を送る権限を持つ仕組みがあるのか、確認する必要があるな」
アポロンは頷いた。
「調べられるか?」
「通常の問い合わせ窓口では難しいだろう。情報管理部門に、通知の配信履歴を確認してもらう」
森川は通知の画像を保存し、アポロンが受け取った時刻を記録した。
「一つ確認しておきたい。通知が届いたことと、君の端末が共通照合処理の対象になったことは、まだ同じ意味ではない」
「分かっている」
「まず、通知がどこから送られたのかを調べよう」
森川は、情報管理部門への照会を登録した。
*
午前中、高瀬は0000の実行履歴を整理していた。
対象範囲が『全体』に更新された時刻と、各管理区分で処理が実行された時刻を並べる。
すると、これまでの検索結果には含まれていなかった記録が一件見つかった。
ある住民の支援記録だった。
その住民は、数日前に担当者との面談を終えていた。
面談記録には、本人が支援を継続したいと話したことが記載されている。
しかし、共通照合処理の履歴には、次の表示があった。
『支援状態:終了』
『本人意思確認:完了』
高瀬は、面談記録と処理履歴を照合した。
支援状態が終了に変更されたのは、面談の翌日だった。
変更理由の欄は空白。
実行元の部署名もない。
高瀬は森川に報告した。
「面談では、本人が支援の継続を希望していた記録があります。それにもかかわらず、その翌日に支援終了の状態へ変更されています」
森川は記録を確認した。
「担当者は、この変更を知っているのか?」
「まだ確認していません」
「すぐに連絡してくれ。本人の意思と処理結果が食い違っている。現在の支援に影響があるかどうかも確認する必要がある」
高瀬は担当部署に連絡した。
*
昼過ぎ、担当者から回答が届いた。
その住民への支援は、現在も継続されていた。
担当者は、終了処理を行っていなかった。
管理画面の状態が変わっていることにも、気づいていなかったという。
担当者は本人に連絡を取り、支援が継続されていることを確認した。
本人は、支援を終了する意思はないと改めて伝えた。
担当者は、その回答を記録した。
しかし、管理画面には、まだ『支援状態:終了』と表示されていた。
森川は、担当部署に尋ねた。
「この状態を修正できますか」
「通常の画面からは変更できません。管理者への申請が必要です」
「申請を出してください。修正が完了するまでは、支援が継続していることを別途記録しておいてください」
担当者は申請を登録した。
森川は、今回の事例を調査記録に加えた。
支援そのものは続いていた。
本人も、支援を継続する意思を示していた。
しかし、管理画面では、支援が終了したことになっていた。
それぞれの状態を分けて確認しなければ、何が起きているのかを正確に把握できなかった。
*
午後、情報管理部門から、アポロンの通知に関する回答が届いた。
通知の配信履歴は、通常の通知管理画面では確認できなかった。
ただし、通知が表示された時刻の前後に、共通照合処理の実行履歴が存在していた。
森川は、回答を読み直した。
「通知が0000から送られたと確認できたわけではないな」
高瀬が答えた。
「はい。実行時刻が近いことは確認できますが、配信元を特定する記録は見つかっていません」
「では、そのまま記録しよう。時刻が近いことと、送信元が同じことは別だ」
森川は、照会結果を保存した。
アポロンは通知の画面を見た。
「この通知は、誰に向けて送られたんだろう」
「今は分からない。君だけに届いたのか、ほかの人にも届いたのかも確認できていない」
森川はそう答えた。
アポロンは、しばらく黙っていた。
神だった頃なら、通知がどこから届き、何を意味しているのかを知ることができた。
今は、画面に表示された文字しか見えない。
その文字が何を示しているのかは、まだ分からなかった。
「他にも同じ通知を受け取った人がいるか、確認できる?」
「情報管理部門に照会してみる。ただし、通知の配信履歴そのものが見つからない以上、確認できる範囲には限界がある」
「分かった」
アポロンは、保存した画面を森川に渡した。
*
夕方、山本の端末にも、見慣れない表示が現れた。
五〇二号室の記録について登録していた照会の詳細欄に、新しい項目が追加されていた。
『記録所在確認:完了』
山本は、すぐに詳細を開いた。
記録の保管先を示す欄は空白だった。
資料の名称も、内容も、確認できていない。
山本は、画面を保存し、森川に連絡した。
「五〇二号室の記録に、所在確認が完了したという表示が追加されました」
森川は、画面を受け取った。
「実際の保管先は?」
「分かりません。表示だけが追加されています」
森川は、処理履歴を確認した。
その表示が追加された時刻は、アポロンの端末に通知が届いた時刻に近かった。
さらに、支援状態が変更された住民の記録にも、同じ時刻帯に新しい処理履歴が残っていた。
『対象情報照合:完了』
森川は三つの画面を並べた。
五〇二号室の記録。
支援状態が変更された住民の記録。
アポロンの携帯に届いた通知。
管理区分は異なる。
記録の内容も異なる。
それでも、短い時間の中で、それぞれに共通照合処理に関係する表示が現れていた。
森川は高瀬に尋ねた。
「これらの表示が追加された原因を、同じ処理に結びつけられるか?」
「実行時刻は近いですが、個別の実行元を確認できていません。現時点では、同じ原因だと断定できません」
「そうだな。では、個別の履歴を保存したうえで、共通する処理番号があるか確認しよう」
高瀬は作業を始めた。
*
夜、アポロンは美咲と夕食を食べていた。
美咲は、アポロンの携帯に表示された通知を見た。
「これ、何の通知?」
「まだ分からない」
「送ってきたところも?」
「確認できていない」
美咲は、画面を返した。
「それなら、通知が届いたことだけは分かっているんだね」
「そうだな」
アポロンは携帯をしまった。
通知が届いた。
表示が追加された。
処理が実行された。
それぞれの事実は確認できる。
しかし、それらがどのようにつながっているのかは、まだ分からない。
美咲は食事を続けた。
「明日、仕事が終わったら連絡するね」
「分かった」
二人は、それ以上その話を続けなかった。
*
同じ夜、森川は追加された履歴を確認していた。
三つの記録には、それぞれ異なる処理番号が残っていた。
ただし、処理番号の前半部分には、共通する文字列があった。
『0000』
その後ろに続く番号は異なっていた。
森川は、記録を拡大した。
これまで確認していた0000は、共通照合処理そのものを示す識別番号だった。
今回の履歴には、それとは別に、個別の実行を区別する番号が記載されていた。
その番号の並びは、通常の処理履歴とは異なっていた。
森川は、最後の一件を開いた。
処理の対象は、個別の住民でも、特定の管理区分でもなかった。
『対象範囲:全体』
『処理状態:実行中』
そして、その下には、これまでの履歴にはなかった項目が追加されていた。
『次回処理:継続』
森川は画面を保存した。
何が継続されるのか。
いつまで続くのか。
停止する方法はあるのか。
まだ、何も分からなかった。
ただ、処理が過去の記録を整理して終わるものではない可能性が、少しずつ高まっていた。




