第262章 処理の範囲
森川は、画面に現れた通知を開いた。
『処理対象の再照合:完了』
対象番号は、これまで調べていた三件とは異なっていた。
管理区分も違う。
担当部署も違う。
そして、その記録には、現在進行中の照会が登録されていた。
森川は詳細を確認した。
照会の受付日時は、前日の午後。
本人からの申請内容は、担当部署に届いていた。
担当者も割り当てられていた。
それにもかかわらず、再照合の履歴には、処理対象となった理由が記載されていなかった。
森川は高瀬に連絡した。
「この番号の記録を確認してくれ。現在の照会手続きが進行中なのに、再照合の処理が入っている」
高瀬は番号を受け取り、別の画面で検索した。
「見つかりました。ただ、対象となった理由はありません」
「0000の実行履歴は?」
「一致しています」
「処理の結果は?」
高瀬は詳細を開いた。
「本人確認は完了。参照先照合も完了となっています」
森川は画面を見た。
本人確認。
参照先照合。
二つの処理は、すでに完了したことになっていた。
しかし、現在の照会手続きはまだ終わっていない。
「本人への確認記録はあるか?」
「今のところ、見つかっていません」
「では、本人に確認する前に、確認が完了した状態になった可能性がある。実際にどの処理が行われたのか、順番も含めて調べよう」
高瀬は記録を保存した。
森川は、これまでの三件に新しい一件を加えた。
四件の記録は、それぞれ異なる経緯を持っていた。
だが、いずれも0000の処理履歴が存在していた。
それだけでは、0000がすべての異常の原因だとは言えない。
ただし、偶然に同じ表示が現れたという説明だけでは、確認すべきことが増えていた。
*
午前中、山本は五〇二号室の記録について、旧システムの管理資料を確認していた。
昨日見つかった番号は、別の管理区分に属する記録と一致していた。
その記録には、受領した日時が残っている。
しかし、資料の名称と内容は確認できていない。
山本は、受領時の担当部署に問い合わせた。
「この番号で受領した資料について、内容を確認した記録は残っていますか」
担当者は、しばらく調べてから答えた。
「受領した事実は確認できます。ただ、資料の内容を確認した記録は、こちらでは見つかりません」
「その後、別の部署に移管した可能性はありますか」
「可能性はあります。ただ、移管先を確認できる記録がありません」
山本は、回答をそのまま記録した。
受領した。
その後の所在は不明。
内容の確認記録もない。
山本は、追加の照会を登録した。
その直後、画面の状態が変わった。
『照会処理:完了』
山本は画面を見つめた。
今、登録した照会は、まだ回答を受け取っていない。
山本は処理履歴を開いた。
照会の受付時刻と、完了表示が追加された時刻は、ほとんど同じだった。
彼は画面を保存し、担当部署に確認を依頼した。
*
昼休み、アポロンは美咲と食事をしていた。
美咲は、携帯の予定表を確認していた。
「来週の予定、まだ時間が決まっていないところがあるね」
「そうだな」
「仕事の終わる時間が分かったら、また連絡する」
「分かった」
美咲は予定表に予定の名称だけを残し、時刻は入力しなかった。
アポロンは、その様子を見ていた。
「時間を入れないのか?」
「まだ決まっていないから」
「後から決める?」
「うん。今決めても、変わるかもしれないし」
美咲は携帯をしまった。
「決まっていないことを、決まったことにする必要はないでしょう?」
アポロンは頷いた。
「そうだな」
彼は、自分の携帯に残っている問い合わせ画面を思い出した。
何かの処理が完了したと表示されている。
しかし、何が確認されたのかは分からない。
完了という言葉があっても、その言葉だけで内容まで決まるわけではなかった。
*
午後、森川は四件の処理履歴を時刻順に並べた。
最初の三件は、数秒の範囲で『本人確認:完了』という表示が追加されていた。
四件目は、現在も照会中の記録だった。
そして、山本が新しく登録した照会にも、ほぼ同じ形式の完了表示が追加されていた。
森川は、画面の記録を比較した。
「高瀬、この処理は、照会が登録されたことを条件に動いているのか?」
「まだ分かりません。登録直後に実行された例は複数ありますが、登録がない状態で実行されるかどうかも確認する必要があります」
「では、過去の履歴から、照会が登録されていない記録にも同じ処理が実行されていないか調べてくれ」
「分かりました」
高瀬は検索条件を追加した。
しばらくして、結果が表示された。
照会が登録されていない記録にも、0000による処理が実行されていた。
そのうちの一件は、数年前に支援手続きが終了した住民の記録だった。
終了理由の欄には、『本人希望』と記載されていた。
しかし、本人が希望を伝えた日時や、確認を行った担当者は記録されていなかった。
森川は、その記録を保存した。
「これは、今回の照会がきっかけで実行された処理ではないな」
「はい。実行日時は数年前です」
「では、0000がどのような条件で対象を選んでいるのか、さらに調べる必要がある」
高瀬は頷いた。
森川は、調査記録に新たな項目を追加した。
『照会登録の有無にかかわらず、0000による処理履歴が存在する事例あり』
その下に、確認事項を一つ書き加えた。
『処理対象の選定条件は未確認』
*
夕方、アポロンの携帯に通知が届いた。
問い合わせの状態は『調査中』のままだった。
しかし、詳細欄には、また新しい表示が追加されていた。
『対象情報の再照合:完了』
アポロンは、通知が届いた時刻を記録した。
今度は、問い合わせ窓口に連絡する前に、これまで保存した画面を並べてみた。
受付。
確認処理。
本人情報照合。
参照先照合。
対象情報の再照合。
どの表示も、実際に何を確認したのかまでは示していなかった。
そして、問い合わせそのものは、まだ調査中だった。
アポロンは、画面を閉じた。
これ以上、表示だけを見ても、分かることは増えない。
必要なのは、実際の処理履歴だった。
*
夜、森川のもとに、高瀬から追加の検索結果が届いた。
0000による処理は、旧システムの移行期間だけに限られていなかった。
現在の管理区分に属する記録にも、実行履歴が残っていた。
実行元の部署名はない。
対象を選んだ条件もない。
ただし、処理の結果として更新された記録の中には、本人確認が完了したものとして扱われているものがあった。
森川は、一覧を見た。
古い記録の整理だけでは説明できない。
少なくとも、現在の記録にも影響が及んでいる。
彼は高瀬に尋ねた。
「この処理を停止する権限は、どこにある?」
「現時点では分かりません。通常の担当部署には、停止操作の項目がありません」
「管理者向けの資料を調べてくれ。処理を止められるかどうかを確認する前に、誰が管理しているのかを知る必要がある」
高瀬は記録を保存した。
森川は端末の画面を見つめた。
0000が何を目的としているのかは、まだ分からない。
しかし、それが過去の記録だけを整理する仕組みではないことは、確認できた。
そして今も、どこかで新しい処理が実行されている可能性があった。




