第260章 同じ表示
翌朝、高瀬は、森川の机に一枚の一覧表を置いた。
「昨日の照会対象外の件ですが、旧管理区分から資料を受け取った記録について、もう少し調べました」
森川は一覧表を受け取った。
「何か分かったか?」
「受領した番号は残っています。ただ、受領した資料の名称と、現在の保管先を示す項目が空欄になっています」
「受領後の処理は?」
「記録がありません。少なくとも、今確認できる範囲では」
森川は一覧表に目を落とした。
受領日時。
受領番号。
担当部署。
その三つは記載されていた。
資料の名称。
内容確認の結果。
現在の保管先。
その三つは空欄だった。
「受け取ったことと、その後の管理を確認できることは別だな」
「はい」
「受領した部署に、当時の担当者や引継ぎ記録が残っていないか確認してくれ」
高瀬は頷き、一覧表を持って部屋を出た。
森川は、机の上に残された照会結果を見直した。
記録がないからといって、資料が存在しなかったとは言えない。
しかし、存在していたはずだという前提だけで、調査を進めることもできなかった。
今ある記録から確認できるのは、受領したという事実までだった。
*
午前十時過ぎ、山本は別の案件の確認作業をしていた。
住民から届いた申請書には、本人が指定した連絡先が記載されていた。
ところが、担当部署の画面には、別の番号が表示されていた。
山本は申請書と画面を照合した。
番号が異なっている。
しかし、変更履歴には変更日時も変更理由も記録されていなかった。
本人に連絡を取り、現在使っている番号を確認する。
本人は、申請書に記載した番号から変更していないと答えた。
山本は、本人の回答と申請書の内容をそれぞれ記録した。
その後、担当部署に連絡し、申請書に記載された番号を参照できるようにしてもらった。
これで、必要な連絡は取れる。
ただし、画面に別の番号が表示されていた理由は、まだ分からなかった。
山本は記録を保存した。
その直後、画面の別の欄に、新しい表示が現れた。
『照合処理:完了』
山本は手を止めた。
今、本人と連絡を取り、番号を確認したばかりだった。
だが、表示された照合処理が、その確認を指しているのかどうかは分からない。
処理の詳細を開いても、実行日時と処理結果しか表示されなかった。
山本は、画面を閉じずに、表示が現れた時刻を記録した。
*
昼休み、アポロンは携帯に届いた通知を確認していた。
問い合わせの状態は、まだ『調査中』だった。
ところが、詳細画面の一部には、前日までなかった表示が追加されていた。
『本人情報照合:完了』
アポロンは、その表示をしばらく見つめた。
自分の連絡先が消えた理由は分かっていない。
相手の連絡先が消えた理由も分かっていない。
問い合わせを受け付けた側は調査中だと示しているのに、その調査に関係する情報の照合は完了したことになっていた。
アポロンは、画面を保存した。
それから、問い合わせ窓口に電話をかけた。
「昨日、調査中だと確認しました。その後、本人情報照合が完了したという表示が追加されています」
担当者は、問い合わせ番号を確認した。
「こちらでは、現在も調査中となっています」
「この照合処理は、何を確認したものですか?」
担当者は少し待ってから答えた。
「申し訳ありません。表示されている処理の詳細については、こちらからは確認できません」
「では、私の連絡先が正しいと確認されたわけではないのですね」
「はい。そのようには申し上げられません」
アポロンは、通話の内容を記録した。
窓口の担当者は、確認できる範囲を正確に伝えていた。
分からないことを、分かったとは言わなかった。
電話を切った後、アポロンは画面に残る表示を見た。
『本人情報照合:完了』
その下には、今も『調査中』と記載されていた。
*
午後、森川は山本から送られてきた報告を読んだ。
別々の案件だった。
一つは、本人が指定した連絡先と管理画面の情報が一致しなかった案件。
もう一つは、五〇二号室の相談記録について、受領した番号は確認できても、資料の内容や保管先が分からない案件。
直接の関係を示すものはない。
森川は、その点を最初に記録した。
そのうえで、二つの案件の処理履歴を比較した。
どちらにも、実際の確認内容とは別に、処理完了を示す表示が存在していた。
森川は高瀬に連絡した。
「照合処理の実行履歴を確認したい。表示だけではなく、何を入力として、何を結果として返したのか」
「五〇二号室の記録についてですか?」
「それも含めてだ。ただし、別の案件と同じ原因だと決めているわけではない」
「分かりました」
「それから、照会対象外の処理についても、表示が作られた時刻と、実際に対象から外す処理が行われた時刻を分けて調べてくれ」
高瀬は、すぐに作業を始めた。
*
夕方、調査用の端末に、過去の処理履歴の一部が表示された。
高瀬は、記録を時刻順に並べた。
五〇二号室の記録に関する照会。
別の住民の連絡先に関する照合。
さらに、別の管理区分に属する記録の状態更新。
それぞれの処理は異なる番号で管理されていた。
しかし、ある時間帯に、三つの記録へ同じ状態表示が追加されていた。
『本人確認:完了』
高瀬は、もう一度時刻を確認した。
表示が追加された時刻は、数秒の範囲に集中していた。
それぞれの案件で、本人への連絡や資料の確認が行われた時刻とは一致していなかった。
「森川さん、これを見てください」
森川は画面の前に立った。
三つの番号。
三つの異なる管理区分。
三つの異なる処理。
その結果として、同じ表示が追加されている。
「この表示を追加した処理の識別番号は?」
高瀬は詳細を開いた。
「通常の担当部署が使用している処理番号とは形式が異なっています」
「実行元は?」
「現在の履歴には記載されていません」
森川は画面を見たまま尋ねた。
「この三件が同じ処理によって更新されたと、確認できるか?」
「表示が追加された時刻と、処理番号の形式は共通しています。ただ、実行元が分からないため、同一の処理だったとは断定できません」
「そうだな。共通している事実と、まだ確認できないことを分けて記録してくれ」
高瀬は三件の履歴を保存した。
*
その夜、アポロンは帰宅してから、保存しておいた問い合わせ画面をもう一度開いた。
表示は変わっていなかった。
『本人情報照合:完了』
『調査状況:調査中』
彼は二つの言葉を見比べた。
一方は、何かが終わったと告げている。
もう一方は、まだ調べていると告げている。
その二つが同時に存在する理由は、今のところ分からない。
ただ、今日の電話で、少なくとも一つのことは確認できた。
窓口の担当者は、照合処理の表示を根拠に、連絡先が正しいとは判断していなかった。
アポロンは携帯を閉じた。
表示は残っている。
調査も続いている。
その間に何が起きたのかを知るには、表示の言葉ではなく、実際に行われた処理を確かめる必要があった。
同じ夜、森川の端末には、三つの記録の追加照会が登録されていた。
照会先は、通常の担当部署ではなかった。
記録には、部署名の代わりに、一つの識別番号だけが残されていた。
その番号は、これまでの照会結果には一度も現れていなかった。




