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神様は、明日を知らない』 ――全知全能の神が、人間になった理由――  作者: 亀


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第二十六章 一人の時間

その日の夜。


美咲は友人と食事に出かけていた。


「今日は少し遅くなると思います」


玄関で、美咲が言った。


「分かった」


「先に寝ていても大丈夫ですよ」


「まだ寝ない」


「そうですか」


美咲は笑って、出ていった。


ドアが閉まる。


部屋が静かになる。


アポロンは一人になった。


テレビをつける。


画面の中では、知らない人たちが話している。


内容は分かる。


面白いかどうかも判断できる。


しかし、しばらくするとテレビを消した。


静かになった。


時計の音が聞こえる。


冷蔵庫の音。


外を走る車の音。


それだけだった。


アポロンはスマートフォンを手に取った。


メッセージはない。


画面を閉じる。


また開く。


何も変わっていない。


「……何をしているんだ」


自分でも分からなかった。


神だった頃。


一人でいることに意味はなかった。


世界のすべてを知っていた。


誰がどこにいるのかも。


何を考えているのかも。


何が起こるのかも。


孤独というものを、概念として理解していた。


けれど。


今は違う。


美咲がいない。


それだけで、部屋が少し広く感じる。


アポロンは立ち上がった。


冷蔵庫を開ける。


プリンが一つ残っている。


昨日なら、迷わず食べていただろう。


しかし、今日は手を伸ばさなかった。


「……これは、明日の分だ」


冷蔵庫を閉める。


ソファに戻る。


スマートフォンが震えた。


美咲からだった。


『今から帰ります』


アポロンはすぐに返信した。


『分かった』


それだけだった。


それなのに、少しだけ安心した。


自分でも、その理由が分からなかった。


しばらくして、玄関の鍵が開く音がした。


「ただいま」


「おかえり」


美咲が靴を脱ぐ。


「起きてたんですね」


「ああ」


「先に寝ててもよかったのに」


「眠くなかった」


「そうですか」


美咲は荷物を置いた。


「何か食べました?」


「食べていない」


「どうして?」


アポロンは少し考えた。


「一人だったから」


美咲は黙った。


「……一人で食べるの、嫌でした?」


「嫌というわけではない」


「じゃあ?」


アポロンは答えを探した。


嫌ではない。


困ってもいない。


寂しいと断言するほどでもない。


ただ。


「誰かと食べるほうが、いいと思った」


美咲は少し笑った。


「じゃあ、何か食べます?」


「ああ」


二人で冷蔵庫を開ける。


残っていた野菜を出す。


簡単な料理を作る。


大したものではない。


けれど、台所には音が戻った。


包丁の音。


水の音。


フライパンの音。


二人分の食器。


アポロンは、それを聞いていた。


さっきまで静かだった部屋が、少しだけ違って見えた。


食事を始める。


「いただきます」


「いただきます」


美咲が一口食べる。


「美味しいですね」


「普通だ」


「普通でいいんですよ」


アポロンはその言葉を聞いて、少し笑った。


普通。


それは、以前の自分にはなかった言葉だった。


特別なことをする必要はない。


世界を救う必要もない。


何か大きな意味を残す必要もない。


ただ、一緒に食事をする。


それだけでもいい。


食事が終わったあと、美咲が皿を片付ける。


アポロンも手伝う。


そして、二人でそれぞれの時間を過ごす。


会話はない。


テレビもついていない。


それでも。


一人の時とは違った。


アポロンは思った。


人間は、誰かと話すためだけに一緒にいるわけではないのかもしれない。


同じ場所にいる。


同じ時間を過ごす。


それだけで、何かが変わる。


夜が深くなる。


美咲が「おやすみなさい」と言う。


「おやすみ」


部屋の明かりが消える。


アポロンは布団に入った。


今日、初めて知った。


一人でいることと、一人きりでいることは、同じではない。


そして。


誰かが帰ってくるのを待つことも、悪くなかった。

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