第257章 更新されない状態
翌朝、山本は介護サービスの担当部署から届いた追加資料を確認していた。
夫の連絡先が、連絡予定の一覧から除外されていた理由について、システム担当から回答があったという。
回答には、次のように記載されていた。
『連絡対象の抽出時、参照情報との照合が正常に完了しなかったため、対象外として処理された可能性がある』
山本は、その一文を読み直した。
「可能性がある、ということは、まだ原因は特定できていないんですね」
担当者は頷いた。
「はい。抽出時の詳細な処理記録は、現在の画面からは確認できません」
「では、なぜ照合が完了しなかったのかも、分からないのですね」
「そのとおりです」
山本は回答を記録した。
照合が正常に完了しなかった可能性。
しかし、その処理が実際に起きたことを示す詳細な記録はない。
原因は、まだ特定されていなかった。
山本は、次回の連絡予定について確認した。
夫の連絡先は、担当者が手動で確認する運用になっていた。
「この対応は、今回だけでしょうか。それとも、今後も続けるのでしょうか」
「原因が分かるまでは、毎回確認することになります」
山本は、その回答も記録した。
連絡そのものは続けられる。
ただし、通常の抽出処理に問題がないと確認できたわけではなかった。
*
午後、森川は高瀬から、五〇二号室の記録について新しい報告を受けた。
参照先の設定履歴が作成された時期について、別の資料が見つかったという。
それは、旧管理区分の運用担当者向けに作られた作業記録だった。
作業記録には、番号の再設定後、対象記録を開いて内容を確認する手順が記載されていた。
ただし、個々の対象記録について、確認した結果を記入する欄はなかった。
「作業が行われたことは分かっても、どの記録を確認したのかは分からない、ということか」
森川が尋ねた。
「はい。作業記録には、処理件数だけが記載されています。対象者ごとの明細はありません」
「確認作業のあと、別の記録を作成する運用だった可能性は?」
「現在、そこを調べています。別の管理区分に保存されていた可能性もありますが、まだ確認できていません」
森川は資料を閉じた。
「分かった。作業手順と、個別の確認結果は別の問題だ。手順が存在していたからといって、この記録が正しく参照されたとは判断できない」
高瀬は頷いた。
五〇二号室の記録について、参照先の設定が行われたことは分かっている。
しかし、その先にあるはずの相談記録を、当時の担当者が実際に確認できたのか。
確認した結果が、どこかに残されているのか。
その点は、まだ明らかになっていなかった。
*
その日の夕方、アポロンは仕事帰りに携帯を確認した。
連絡先情報の再確認について、調査開始の通知が届いてから、二日が経っていた。
新しい回答はなかった。
アポロンは問い合わせの画面を開いた。
受付番号は変わっていない。
調査状態も、開始時のままだった。
『調査中』
彼は画面を閉じた。
*
家に帰ると、美咲が台所で夕食を作っていた。
「今日は何時に帰るって連絡、ちゃんと届いた?」
美咲が尋ねた。
「届いた」
「よかった。最近、送ったはずの連絡が残っていないことがあったから」
アポロンは、携帯をテーブルに置いた。
「調査は始まったが、まだ回答はない」
「そっか」
美咲は野菜を切りながら言った。
「問い合わせをしたからといって、すぐに理由が分かるわけじゃないんだね」
「そうだな」
「でも、何もしていないわけでもない」
アポロンは、その言葉を考えた。
調査が始まったことは、通知で確認できた。
しかし、調査がどこまで進んでいるのかは分からない。
人間の記録には、状態を示す言葉がいくつもある。
受付済み。
調査中。
対応完了。
それらの言葉が、実際に何を意味しているのか。
アポロンは、以前よりも慎重に考えるようになっていた。
*
翌日、山本は五〇二号室の住民に、現在の調査状況を説明した。
「参照先を設定したあと、対象記録を確認する手順があったことは分かりました。ただ、あなたの記録について、実際に確認が行われたかどうかは、まだ分かっていません」
住民は、説明を聞いたあと、尋ねた。
「確認する手順があったのに、確認した記録は残っていないんですね」
「はい。少なくとも、現在確認できている資料にはありません」
「では、確認したのか、していないのかも分からない」
「そのとおりです」
住民は、少し考えてから言った。
「それなら、確認済みとは書かないでください」
山本は頷いた。
「分かりました。現在の調査記録では、個別の確認実施は未確認として扱っています」
「私の相談記録が見つかったら、教えてください」
「はい。保管先が特定できた場合は、改めてご連絡します」
住民は、説明を聞き終えると、記録の控えを受け取った。
その表情に、安心した様子はなかった。
しかし、少なくとも、まだ確認できていないことを確認済みと扱わないよう、記録には残された。
*
その夜、アポロンは手帳を開いた。
連絡先情報の調査について、これまでの経過を確認した。
名前が消えたこと。
古いメッセージが残っていたこと。
別の画面では、電話番号が確認できたこと。
問い合わせを受け付けたこと。
調査が始まったこと。
彼は、最後の項目に日付を添えた。
それから、次の行に書いた。
『原因:未確認』
書き終えたあと、アポロンはペンを置いた。
答えが出ていないことは、何も分かっていないことと同じではない。
少なくとも、今どこまで分かっていて、どこから先が分からないのかは、少しずつ明らかになっていた。
彼は手帳を閉じた。
そのとき、携帯の画面が短く光った。
新しい通知だった。
アポロンは画面を開いた。
『連絡先情報の再確認について、処理状態が更新されました』
その下には、見慣れない表示があった。
『確認処理:完了』
アポロンは、しばらく画面を見つめた。
調査が終わったという通知なのか。
それとも、何か別の確認処理が終わったという意味なのか。
通知には、説明がなかった。
アポロンは画面を保存した。
まだ、何が完了したのかは分からなかった。




