第256章 同じ時刻
翌朝、アポロンは携帯の画面を確認した。
昨日問い合わせた連絡先情報について、受付番号以外の更新はなかった。
回答予定も、未定のままだった。
彼は手帳を開き、受付番号の横に日付を書き加えた。
それから、出勤の準備を始めた。
*
午前十時過ぎ、森川のもとに新しい照会結果が届いた。
五〇二号室の記録について、旧管理区分で参照先の設定を担当していた部署が特定できたという。
山本が、その部署に問い合わせた結果だった。
ただし、当時の担当者名や個別の設定申請書は見つかっていない。
保存されていたのは、部署単位の処理件数をまとめた月次報告書だった。
その報告書には、組織改編の直前、参照先の再設定処理が集中していたことが記載されていた。
森川は、件数を確認した。
通常の月より多かった。
しかし、対象者ごとの番号や、処理内容を示す明細は添付されていなかった。
「この月に、複数の参照先が再設定されたことは分かるな」
森川が言った。
高瀬は頷いた。
「はい。ただ、五〇二号室の記録がその中に含まれていたかどうかは、確認できません」
「連絡先の案件も同じ月か?」
「そちらは、現在確認できている設定日時が同じ月に入っています。ただし、同じ処理だったことを示す記録はありません」
森川は、二つの資料を並べた。
「時期が重なっていることは、比較する理由にはなる。ただし、それだけで同じ原因だとは判断できない」
高瀬は、それぞれの調査記録に、月次報告書の情報を追加した。
参照先の再設定が集中していた時期。
個別の処理明細は未確認。
対象記録との対応関係も未確定。
調査範囲は広がったが、原因が明らかになったわけではなかった。
*
昼過ぎ、山本は介護サービスの担当部署から連絡を受けた。
夫の連絡先について、次回の連絡前に手作業で確認したところ、本人の電話番号を使うことができたという。
担当者は、夫に直接連絡し、次回の予定を伝えていた。
夫からは、連絡を受け取ったことと、今後も連絡先を継続する意思があることを確認できた。
山本は、担当者に尋ねた。
「今回、手作業で確認した番号は、どの情報から取得したのですか」
「現在の登録画面にある番号です」
「では、連絡予定の一覧に表示されていた別の番号は、使わなかったのですね」
「はい。登録情報と一致しなかったため、使用していません」
「その番号が一覧に残っていた理由は、分かりましたか」
「まだ分かっていません。システム担当に確認しています」
山本は、結果を記録した。
今回の連絡は、本人の意向を確認したうえで実施できた。
しかし、連絡予定の一覧に別の番号が残っていた理由は分からないままだった。
森川は報告を聞き、言った。
「今回は連絡ができた。それは記録しておこう。ただし、手作業で対応できたことを、一覧の問題が解決したという意味にはしない」
山本は、対応結果と未解決事項を別々に記録した。
*
夕方、アポロンが店に着くと、健一が仕入れ先から届いた箱を開けていた。
前日に不足していた二個の商品だった。
健一は納品書を確認し、箱の中身を数えた。
「二個、届いたな」
アポロンも確認した。
「これで不足分はそろった」
納品書には、追加発送分として二個と記載されていた。
健一は、前日の記録と今日の納品書を一緒に保管した。
「これで仕入れの数量は合った。でも、最初に足りなかった理由は、まだ分からない」
「そうだな」
「次に同じことがあったら、今回の記録と比較できるようにしておこう」
アポロンは頷いた。
追加の商品は届いた。
不足分も補われた。
ただ、最初の配送で何が起きたのかは、依然として分からなかった。
*
仕事が終わったあと、アポロンは携帯を確認した。
連絡先情報の問い合わせには、まだ回答がなかった。
しかし、別の通知が届いていた。
『連絡先情報の再確認について、調査を開始しました』
その下には、受付番号が記載されていた。
アポロンは手帳を開いた。
番号を照合する。
昨日記入したものと一致していた。
彼は、通知の画面を保存した。
調査が始まったことは確認できた。
原因が分かったわけではない。
アポロンは、その二つを区別して記録した。
*
帰宅すると、美咲はテーブルで書類を整理していた。
「何か返事が来たの?」
アポロンは、通知を見せた。
「調査を始めたらしい」
「よかったね。少なくとも、受付だけで止まっているわけではないんだ」
「そうだな。ただ、いつ終わるかは分からない」
美咲は書類をそろえた。
「調べていることと、答えが出ることは違うものね」
アポロンは頷いた。
「人間は、途中の状態を残すことができる」
「途中?」
「まだ分からないことがあっても、どこまで分かったのかは記録できる」
美咲は少し考えた。
「そうしないと、次に調べる人も、最初からやり直すことになるからね」
アポロンは手帳を閉じた。
神だった頃の彼には、途中という状態がなかった。
問いがあれば、答えを知っていた。
知らないことを、知らないまま持ち続ける必要もなかった。
今は違う。
記録を残しても、答えが現れるとは限らない。
それでも、残しておけば、次に進めることがある。
アポロンは、テーブルに夕食を並べた。
「食べよう」
「うん」
二人は食事を始めた。
窓の外では、電車が通り過ぎる音がした。
アポロンは、いつものようにその音を聞いた。
そして、音が聞こえなくなったあとも、しばらく窓の外を見ていた。
消えたものが、どこへ行ったのか。
それを知るためには、消える前のことだけでなく、消えたあとに何が残っているのかも、調べなければならないのかもしれなかった。




