第253章 届いたという記録
翌朝、美咲は出勤前に携帯の設定を確認した。
メッセージアプリの保存容量。
同期の状態。
通知の履歴。
どれも、目立った異常は見つからなかった。
アポロンから届いた画面の画像と、自分の携帯に残っている履歴を見比べても、メッセージが消えた理由は分からなかった。
「設定を変えた覚えもないんだけどね」
美咲は携帯をしまった。
「昨日の連絡は伝わっていたから、待ち合わせには困らなかった。でも、どうして消えたのかは気になる」
「問い合わせるのか?」
「もう少し様子を見て、また同じことがあったら問い合わせてみる」
美咲は玄関で靴を履いた。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
扉が閉まった。
アポロンは、昨日のメッセージをもう一度確認した。
送信者の名前。
受信時刻。
本文。
いずれも画面に残っていた。
それ以上のことは、分からなかった。
*
午前中、森川は五〇二号室の案件について、統合管理領域の設定履歴を確認していた。
前日に見つかった参照先設定は、組織改編の時期に実施されていた。
しかし、設定者の記録はなく、設定の目的も分からない。
さらに調査を進めると、同じ時期に設定された別の参照先が、現在の管理区分から照会できなくなっている例が見つかった。
森川は、高瀬に資料を渡した。
「この番号について、現在の対応関係を確認してくれ」
高瀬は番号を照会した。
画面には、短い結果が表示された。
『参照先:設定済み』
『参照状態:有効』
『対象記録:表示不可』
高瀬は、もう一度照会した。
結果は変わらなかった。
「参照先は有効と表示されていますが、対象記録が表示されません」
「表示されない理由は?」
「権限の問題なのか、参照先の問題なのか、記録自体の問題なのか、現時点では判断できません」
森川は画面を確認した。
「別の権限で照会できるか?」
「確認します」
高瀬は、通常の照会権限とは異なる担当者に確認を依頼した。
しばらくして、回答が届いた。
別の権限でも、対象記録は表示されなかった。
ただし、参照先の設定が存在することは確認できた。
森川は、その結果を記録した。
「参照先が設定されていることと、対象記録を確認できることは別だな」
高瀬は頷いた。
「はい。今のところ、設定履歴は確認できていますが、その先の記録には到達できていません」
「では、参照先の設定記録から、次の管理先を確認しよう。対象記録が存在しないと判断するのは、それからだ」
調査は続いた。
*
昼過ぎ、山本のもとに別の相談が届いた。
高齢の男性が、妻の介護サービスに関する通知を持ってきたのだった。
通知には、妻の連絡先として登録されていた男性の名前が記載されていた。
しかし、下部には次の表示があった。
『関係者照合:完了』
『連絡対象:該当なし』
男性は、通知を山本に見せた。
「この人は、私です。妻の連絡先として、ずっと登録されています」
山本は、通知と登録画面を確認した。
登録画面には、男性の名前と電話番号が残っていた。
一方、照会画面では、連絡対象に該当しないと表示されていた。
「こちらの登録情報には、お名前が残っています。ただ、照会結果と一致していません」
「私は、連絡先から外してほしいなんて言っていません」
「分かりました。登録の変更履歴を確認します」
山本は、連絡先の変更履歴を調べた。
変更申請は見つからなかった。
本人からの連絡先削除の申し出も、記録されていなかった。
しかし、照会画面の表示がいつ、どのような理由で変更されたのかは分からなかった。
山本は男性に説明した。
「現時点では、連絡先を削除する申請は確認できていません。ただ、照会画面で対象外になった理由も、まだ分かっていません」
男性は、通知を受け取ったときのことを話した。
妻のサービス担当者から、今後の連絡について確認があったという。
男性は、自分が引き続き連絡先になるつもりだと伝えていた。
「その話をしたあとも、登録は変わっていなかったんです」
山本は記録を確認した。
担当者との面談記録には、男性が連絡先を継続する意向を示したことが記載されていた。
ただし、照会画面の変更については何も書かれていなかった。
「面談の記録は確認できました。こちらの表示が変わった理由については、引き続き調べます」
男性は頷いた。
「妻に何かあったとき、連絡が来ないと困ります。表示の問題だけで済むのか、それも分からないでしょう」
山本は、すぐには答えられなかった。
「はい。実際に連絡が必要になったとき、どのように処理されるかも確認します」
男性は、通知を山本に預けた。
「お願いします」
山本は受領記録を作成し、男性に控えを渡した。
今回は、画面の不一致だけでは済まなかった。
二つの表示の違いが、実際の連絡に影響する可能性があった。
*
森川は、山本から報告を受けた。
「登録情報は残っているが、照会結果では連絡対象から外れている。本人の継続意思も確認できている、ということだな」
「はい。連絡先を削除する申請は見つかっていません」
「実際の連絡処理は、どうなっている?」
「まだ確認できていません。次回の連絡予定と、現在使われている連絡先を担当部署に照会しています」
森川は頷いた。
「まず、実際の運用を確認しよう。画面の表示だけが違うのか、連絡処理にも影響しているのかで、調べる範囲が変わる」
山本は、照会内容を整理した。
一つ目は、登録情報の変更履歴。
二つ目は、連絡対象から外れた処理の履歴。
三つ目は、実際の連絡先として使用されている情報。
四つ目は、本人の継続意思が、現在の処理に反映されているかどうか。
それぞれを別の項目として登録した。
*
仕事が終わると、アポロンは帰りに店へ寄った。
美咲から、帰宅が遅くなるという連絡が届いていた。
今回は、送信履歴にも受信履歴にも残っていた。
『今日は少し遅くなるね。先に夕食を食べていて』
アポロンは返信した。
『分かった。気をつけて帰ってきて』
送信済みの表示を確認し、携帯をしまった。
家に着くと、夕食の準備を始めた。
米を研ぎ、野菜を切る。
鍋に水を入れ、火をつけた。
しばらくすると、湯気が立ち上った。
そのとき、携帯が鳴った。
美咲からだった。
『さっきのメッセージ、届いた?』
アポロンは、携帯の画面を確認した。
『届いている』
返信すると、すぐに返事が来た。
『よかった。昨日のことがあったから、念のため確認したの』
アポロンは、少し考えてから打ち込んだ。
『届いたことは確認できた。昨日のことは、まだ理由が分からない』
『うん。分かったことと、分からないことは別だね』
アポロンは、その文面を読んだ。
それから、鍋の火を弱めた。
届いたことは、確認できた。
昨日、消えた理由は、まだ分からない。
二つの事実は、どちらか一方を選ばなくても、同時に残しておくことができた。




