第252章 残っているはずのもの
翌日、森川のもとに、新しい照会結果が届いた。
統合管理領域に登録された参照先について、設定履歴の一部が確認できたという。
山本は資料を開いた。
画面には、三つの項目が並んでいた。
『参照先設定:完了』
『設定日時:記録あり』
『設定担当:記録なし』
山本は、設定日時を確認した。
組織改編が行われた時期と重なっていた。
「この時期なら、移管処理の一環だった可能性がありますね」
森川は、すぐには答えなかった。
「可能性はある。ただ、移管処理だったと判断できる記録はあるか?」
「今のところ、ありません」
「では、設定日時が分かったことと、設定の目的が分かったことを分けておこう」
山本は頷いた。
参照先は設定されていた。
しかし、誰が設定したのか。
何を参照するための設定だったのか。
その二点は分からないままだった。
さらに、設定履歴に記録された番号は、現在の管理区分では使用されていない形式だった。
番号そのものは残っている。
だが、現在のシステムからは、その番号が指す先を確認できなかった。
森川は、調査記録に新しい項目を追加した。
『参照先設定の実施は確認。設定者および設定目的は未確認。現在の参照先との対応関係は未確定』
山本は、その記録を保存した。
*
午後、五〇二号室の住民が管理事務所を訪れた。
山本は、調査の進捗を説明した。
「以前の番号について、参照先を設定した記録が一部見つかりました。ただ、その番号が現在のどの記録につながっているのかは、まだ確認できていません」
住民は、説明を聞いてから尋ねた。
「では、私の相談記録がどこにあるのかは、まだ分からないんですね」
「はい。現時点では、保管先を特定できていません」
「記録自体がなくなったのか、それとも別の場所にあるのかも?」
「そこも、まだ分かりません」
住民は少し考えた。
「分かりました。それなら、今の説明をそのまま記録してください」
山本は、記録用の画面を開いた。
「どのように記載すればよいでしょうか」
「以前の番号について、参照先を設定した記録は見つかった。でも、私の相談記録の保管先は分かっていない。そういうことですよね」
「はい」
「それと、私が記録の内容を確認したいと言っていることも、残してください」
山本は入力した。
住民は画面を確認した。
「これで大丈夫です」
山本が保存すると、画面の上部に通知が表示された。
『照会対応:完了』
住民は、その表示を見た。
「これは、何が完了したんですか」
山本は画面を確認した。
「今のところ、説明と記録の登録が終わったという意味だと思われます。ただ、この表示だけでは、照会そのものが解決したことまでは確認できません」
「では、照会が解決したという意味ではないんですね」
「はい。記録の保管先は、まだ分かっていません」
住民は頷いた。
「それなら、解決していないことも分かるようにしておいてください」
山本は、備考欄に追記した。
『本人は相談記録の保管先を引き続き確認することを希望。現時点で保管先は特定されていない』
保存後、画面の表示は変わらなかった。
『照会対応:完了』
山本は、その表示とは別に、住民の希望と未解決の事項が記録されていることを確認した。
住民は、記録の控えを受け取った。
「次に何か分かったら、教えてください」
「分かりました」
住民は事務所を出ていった。
山本は、しばらく画面を見ていた。
処理が終わったことを示す表示はある。
一方で、本人が知りたいことは、まだ確認できていない。
二つの状態は、同時に存在していた。
*
夕方、アポロンは店で、翌日の仕入れに使う一覧表を確認していた。
新しい一覧表では、商品の管理番号が一部変更されていた。
健一が横から覗き込んだ。
「この番号、昨日までと違うな」
「うん」
「商品が変わったのか?」
アポロンは、商品名と容量を確認した。
「名前と容量は同じだ。仕入れ先に聞いてみよう」
健一が電話をかけると、仕入れ先の担当者が応対した。
番号の変更は、管理システムの更新に伴うものだった。
旧番号と新番号の対応表もあり、対象商品については、変更前後の番号が一致することを確認できた。
電話を切った健一が言った。
「今回は、番号が変わった理由も、同じ商品だということも分かったな」
「そうだな」
アポロンは一覧表に確認済みと記入した。
「でも、番号が変わったことだけでは、商品が同じかどうかは分からない」
「だから確認したんだろ」
健一は新しい一覧表を棚に置いた。
「明日の仕入れは、これを使えばいい」
「古い一覧表は?」
「変更前の記録として残しておく。何かあったら比べられるからな」
アポロンは、古い一覧表を別のファイルに収めた。
変更前の番号。
変更後の番号。
変更理由。
対応関係を確認した記録。
今回は、それぞれがそろっていた。
*
仕事が終わったあと、アポロンは美咲と駅で待ち合わせた。
二人は、駅前の店で夕食を取ることにしていた。
「今日は少し遅くなっちゃった」
美咲が言った。
「連絡をもらっていたから、分かっていた」
「よかった。予定が変わったとき、ちゃんと伝わっているか分からないことがあるから」
美咲は携帯を取り出し、メッセージの履歴を確認した。
送ったはずの連絡が、送信履歴に表示されていなかった。
美咲は画面を何度か確認した。
「……あれ?」
「どうした?」
「さっき送ったメッセージがない」
アポロンは自分の携帯を開いた。
そこには、美咲から届いたメッセージが残っていた。
『少し遅くなるね。先に着いていて』
アポロンは画面を見せた。
「こちらには届いている」
美咲は自分の携帯と見比べた。
「本当だ。どうしてだろう」
「分からない」
アポロンは、メッセージの受信時刻を確認した。
確かに、待ち合わせの前に届いていた。
「少なくとも、連絡は届いていた。今はそれが確認できる」
美咲は頷いた。
「うん。でも、どうして私の画面から消えたのかは、分からないままだね」
「そうだな」
二人は店に入った。
食事を注文し、席に着く。
美咲は携帯を鞄にしまった。
「明日、時間があったら設定を確認してみる」
「分かった」
「アポロンのほうのメッセージは、消さずに残しておいてね」
「もちろん」
食事が運ばれてきた。
二人は、今日の仕事や翌日の予定について話した。
待ち合わせは成立していた。
メッセージも、少なくともアポロンの携帯には残っていた。
それでも、片方の画面から消えた理由は分からない。
アポロンは、そのことを忘れないようにしようと思った。
分かっていることを残すことと、分からないことを勝手に埋めないこと。
今の彼にできるのは、その二つだった。




