第251章 変換されなかった番号
翌朝、山本は旧管理区分の資料を管理していた部署から、追加の書類を受け取った。
組織改編に伴う番号変換の手順書だった。
資料は古く、現在の管理システムとは画面構成も用語も異なっていたが、番号の扱いについては具体的に記載されていた。
山本は、必要な箇所を確認した。
旧管理区分の番号は、統合時に新しい番号へ変換する。
変換できない番号については、別途確認を行い、対応関係が確定するまで保留にする。
ここまでは、想定されていた手順だった。
ところが、手順書の末尾には、もう一つの記載があった。
『保留対象については、管理責任部署の判断により、個別の参照先を設定することができる』
山本は、その一文を読み直した。
個別に参照先を設定できるのであれば、対応表に番号がなくても、別の管理区分から参照されている可能性がある。
しかし、誰が判断し、どのような条件で設定したのか。
手順書には詳しい説明がなかった。
山本は森川に資料を渡した。
「番号を変換できなかった場合でも、個別に参照先を設定できるようです」
森川は該当箇所を確認した。
「設定した記録は残るのか」
「そこは、まだ分かりません。手順書には、設定方法と承認の流れが書かれていますが、実際の記録の保存先は記載されていません」
「では、当時の運用記録を調べよう。手順があったことと、その手順が今回使われたことは別だからな」
山本は頷いた。
五〇二号室の記録について、調査対象が一つ増えた。
番号変換の対応表。
移管記録。
個別の参照先を設定した記録。
それぞれを分けて照会することになった。
*
同じ日の午後、高瀬は連絡先の案件について、旧管理区分の運用記録を調べていた。
こちらでも、番号の変換手順が見つかった。
旧管理区分の番号を新しい番号に変換できない場合、個別の参照先を設定する運用が存在していた。
高瀬は、五〇二号室の案件で見つかった手順書と照らし合わせた。
文書の作成部署は異なっていた。
記載された用語にも違いがある。
しかし、番号を変換できない場合に、個別の参照先を設定できるという点は共通していた。
高瀬は、森川に報告した。
「異なる管理区分でも、似た運用があったことは確認できました」
「同じ処理だと判断できるか?」
「まだできません。文書の作成部署も違いますし、今回の案件で個別設定が行われた記録も見つかっていません」
森川は資料を受け取った。
「分かった。共通する運用が存在したことは記録しておこう。ただし、今回の処理に使われたかどうかは、引き続き確認する」
高瀬は、関連資料を登録した。
二つの案件に、似た運用が存在していた。
しかし、運用が存在することと、実際にその運用が使われたことは違う。
調査の対象は、少しずつ具体的になっていた。
*
夕方、アポロンは美咲から頼まれた牛乳を買いに、いつもの店へ寄った。
冷蔵棚には、同じメーカーの牛乳が二種類並んでいた。
容量は同じだが、一方は低脂肪乳だった。
アポロンはラベルを確認し、頼まれた商品を選んだ。
会計を済ませて店を出ようとしたとき、店員が声をかけた。
「お客様、こちらの商品、レシートでは別の商品として登録されているようです」
アポロンは立ち止まった。
店員はレシートと商品を確認した。
商品そのものは、アポロンが選んだものだった。
しかし、レシートには隣の商品名が印字されていた。
店員は、すぐに責任者を呼んだ。
責任者は商品のバーコードを読み取り、登録情報を確認した。
「申し訳ありません。商品と登録情報が一致していませんでした。こちらで訂正します」
アポロンはレシートを受け取った。
「商品は、これで合っていますか」
「はい。商品自体に問題はありません」
責任者は、訂正したレシートを渡した。
アポロンは、二枚のレシートを見比べた。
最初のレシートには、別の商品名が記載されていた。
訂正後のレシートには、実際に購入した商品の名前が記載されている。
店員が謝罪すると、アポロンは首を横に振った。
「確認できたので、問題ありません」
店を出て、家に向かった。
*
帰宅すると、美咲は夕食の準備をしていた。
「牛乳、買ってきてくれた?」
「うん」
アポロンは牛乳を冷蔵庫に入れた。
「何かあったの?」
美咲が尋ねた。
「レシートの商品名が違っていた」
「商品は合っていたの?」
「そうだ。登録情報を訂正してもらった」
美咲は頷いた。
「じゃあ、買ったものと記録が違っていたんだね」
「そうだな」
アポロンは、訂正前のレシートと訂正後のレシートをテーブルに置いた。
「最初の記録を消して、正しい記録だけにすればいいのではないか」
美咲は、二枚を見比べた。
「最初に何が起きたかも、必要なら確認できるようにしておくんじゃない?」
「間違いが残ることになる」
「間違いが残るのと、間違いを正しいものとして使い続けるのは違うよ。訂正したことが分かればいいんじゃないかな」
アポロンは、しばらく考えた。
「訂正した理由も、残しておくのか」
「今回は店員さんが説明してくれたから、分かるね」
美咲は二枚のレシートを重ねた。
「でも、何も説明がなかったら、どうして違うのか分からないままだったかもしれない」
アポロンは頷いた。
二人は夕食を食べ始めた。
*
翌朝、山本は、旧管理区分の運用記録について回答を受け取った。
個別の参照先を設定した場合、通常は設定申請と承認記録が保存される。
ただし、組織改編以前の記録については、保存期間や管理方法が統一されていなかったという。
五〇二号室の住民に関する番号について、個別の参照先を設定した申請記録は、現在の保管資料からは見つからなかった。
山本は、回答を森川に報告した。
「個別設定の申請記録は見つかりませんでした」
「保存資料を調べた結果だな」
「はい。保存資料に存在しないのか、別の管理区分に保管されているのかまでは、分かりません」
森川は、回答を確認した。
「その区別を残しておこう。記録が見つからないことを、申請がなかった証拠にはできない」
山本は調査記録を更新した。
個別参照先の設定申請は未確認。
承認記録も未確認。
保存資料の範囲は確認済み。
これで、番号変換に関する調査の一部は進んだ。
しかし、住民の相談記録が現在どこに保管されているのかは、まだ分からない。
山本は、次の照会先を確認した。
今度は、統合管理領域に登録された参照先の情報が、いつ、どのような手順で設定されたのかを調べる必要があった。
*
その日の夜、アポロンは携帯を開いた。
名前が消えた連絡先について、新しい通知は届いていなかった。
古いメッセージも、新しいメッセージも残っている。
彼は、連絡先の画面を開き、現在の表示を確認した。
番号だけが表示されていた。
アポロンは、画面を閉じた。
理由はまだ分からない。
ただ、以前の状態を確認できる記録が残っていることは分かっていた。
彼は手帳を開き、調査の項目を見た。
『変更理由:未確認』
その下に、新しく書き加えた。
『旧管理区分の番号であることを確認』
確認できたことだけを、一つずつ増やしていく。
アポロンは手帳を閉じた。
まだ、答えには届いていなかった。




