第247章 届いた記録
翌朝、森川の机に、一件の追加資料が届いた。
前日に調査を依頼していた、連絡先の変更履歴だった。
資料には、変更前と変更後の情報が記載されていた。
変更時刻も残っている。
しかし、操作担当者の欄は空白だった。
森川は、最初に変更前の情報を確認した。
次に、変更後の情報を確認する。
二つの情報を比較すると、単純な入力間違いとは言い切れない点があった。
変更前には、男性と担当者の連絡先が互いに登録されていた。
変更後には、双方の登録がなくなっていた。
一方で、過去の対応履歴は削除されていない。
森川は高瀬を呼んだ。
「この変更履歴は、どこから取得した?」
「連絡先の管理を担当する部署です。現在の管理画面とは別に、変更履歴を保管する領域があるそうです」
「操作担当者が空欄なのは、通常の仕様なのか」
「それについては、まだ回答を受けていません」
森川は、変更履歴を保存した。
「では、まず仕様を確認しよう。担当者の記録が必須なのか、任意なのか。それが分からないうちは、空欄の意味も判断できない」
高瀬は、追加照会の文書を作成した。
その際、変更が不正に行われたといった表現は使わなかった。
確認できたのは、連絡先が変更されたこと。
変更前後の情報が残っていること。
操作担当者が記載されていないこと。
そこまでだった。
*
昼前、照会先から回答が届いた。
連絡先の変更履歴には、通常、操作担当者の情報が記録される。
ただし、管理区分の変更や、別の管理領域から情報が引き継がれた場合には、担当者の情報が引き継がれないことがあるという。
今回の案件が、その例外に該当するかどうかは、回答だけでは分からなかった。
森川は、もう一度資料を確認した。
変更履歴には、通常の更新処理を示す項目があった。
しかし、管理区分を変更したことを示す項目は見当たらない。
「例外処理だったと決まったわけではないな」
森川が言った。
高瀬は頷いた。
「はい。担当者が空欄になる場合があることは確認できましたが、今回なぜ空欄なのかは分かっていません」
「そのまま記録しておこう」
森川は、照会結果を調査資料に追加した。
その直後、山本から連絡が入った。
五〇二号室の住民に関する旧管理記録について、後継部署から新しい回答があったという。
森川は、山本を呼んだ。
*
山本が持ってきたのは、古い管理番号と現在の管理番号を対応させるための一覧だった。
すべての番号が掲載されているわけではない。
ただし、旧管理区分から後継部署へ移管された記録のうち、一部については、番号の対応関係が確認できるようになっていた。
山本は、該当する箇所を示した。
五〇二号室の住民が持っていた受付番号は、一覧に記載されていた。
その横には、現在の管理番号があった。
「一致したのか」
森川が尋ねた。
「はい。受付番号と現在の管理番号の対応関係は確認できました」
「では、その管理番号から相談内容を確認できる?」
「それが、まだできません」
山本は、続けた。
現在の管理番号に対応する記録は存在していた。
しかし、通常の検索画面からは、内容を開くことができなかった。
別の管理領域に保管されているという表示が出るだけだった。
「別の管理領域というのは、どこなんだ」
「管理区分の名称は表示されています。ただ、その区分を現在担当している部署が分かりません」
森川は、一覧を見た。
番号の対応関係が確認できたことで、旧記録と現在の記録がつながった。
しかし、その先にある相談内容には、まだ到達できていなかった。
「内容が保存されていることまでは確認できたのか」
「はい。管理番号と保管区分が登録されています。ただ、実際の資料が存在するかどうかは、まだ確認できていません」
森川は、頷いた。
「分かった。番号の対応関係が確認できたことと、資料そのものが確認できたことを分けて記録しよう」
山本は、その場で調査記録を更新した。
旧受付番号と現在の管理番号の対応関係は確認済み。
保管区分は確認済み。
相談内容の閲覧は未確認。
資料の現存状況も未確認。
これまでより一段階進んだ。
しかし、調査は終わっていなかった。
*
午後、山本は五〇二号室の住民に電話をかけた。
「以前お伝えした受付番号について、追加で確認できたことがあります」
住民は、静かに聞いていた。
「受付番号と、現在の管理番号の対応関係が確認できました」
「では、私の相談記録だと分かったんですか」
「番号の対応関係は確認できました。ただし、相談内容そのものは、まだ確認できていません」
「分かりました」
住民は、少し間を置いてから尋ねた。
「内容を確認できるようになったら、先に私に連絡してもらえますか」
「はい。閲覧できる状態になった場合も、本人の希望を確認してから進める予定です」
「ありがとうございます」
電話を終える前に、住民はもう一つ確認した。
「今回分かったことは、記録に残りますか」
「はい。どの番号が対応していたか、どこまで確認できたかを記録します」
「それなら大丈夫です」
電話が終わったあと、山本は通話記録を作成した。
その数分後、管理画面に通知が表示された。
『本人への説明:完了』
山本は、通知が表示された時刻を確認した。
彼は、電話で伝えた内容を読み返した。
説明したのは、番号の対応関係が確認できたこと。
相談内容はまだ確認できていないこと。
本人が希望する場合には、閲覧前に連絡すること。
それ以上の説明はしていなかった。
山本は、通知の画面を保存した。
そして、通話記録に一文を加えた。
『本人には、番号の対応関係と、相談内容が未確認であることを説明した。記録内容の閲覧は行っていない』
表示された処理状態と、実際に説明した内容。
その二つを、別々に残した。
*
夕方、アポロンは美咲と駅で待ち合わせた。
前に決めた予定ではなかった。
美咲から、仕事が予定より早く終わりそうだと連絡があり、二人で帰ることにしたのだ。
アポロンが改札の近くで待っていると、美咲が人混みの向こうから歩いてきた。
「待った?」
「少し」
「ごめんね」
「連絡が来てから来たから、問題ない」
美咲は笑った。
「じゃあ、帰りに買い物していこうか」
二人は駅前の店に入った。
美咲は、日用品の棚を見て回った。
アポロンは、頼まれた洗剤を探した。
同じ商品でも、容量が違うものが並んでいる。
彼は、以前に使っていたものと同じ容量を選び、かごに入れた。
「それ、いつもの?」
美咲が尋ねた。
「そうだと思う」
「裏を見てみて。詰め替え用と本体があるから」
アポロンは商品を持ち直し、表示を確認した。
「こちらが詰め替え用だ」
「うん。家に本体があるから、それでいいよ」
会計を済ませ、二人は店を出た。
駅までの道を歩きながら、美咲が言った。
「今日、職場の書類で一つ確認できたことがあったんだ」
「何が分かった?」
「申請した内容が、担当者のところまで届いていなかったみたい。でも、受付した記録は残っていた」
アポロンは、彼女の話を聞いた。
「では、もう一度届けたのか」
「そう。今回は、担当者が内容を確認したところまで分かったよ」
「最初に受付した記録は、消さなかったのか」
「もちろん。最初に受付したことと、今回確認したことは、別だからね」
アポロンは頷いた。
二人は、駅の前で別れた。
「明日はいつもの時間に帰れると思う」
美咲が言った。
「分かった」
「何か変わったら連絡するね」
「うん」
美咲は改札へ向かった。
アポロンは、彼女の姿が人混みに紛れるまで見送った。
*
帰宅後、アポロンは携帯を開いた。
以前、名前が消えていた連絡先は、相変わらず番号だけの表示だった。
しかし、過去のメッセージは残っている。
相手から届いた新しいメッセージも残っていた。
彼は、連絡先の画面とメッセージの画面を交互に確認した。
名前が消えた理由は、まだ分からない。
けれど、名前が消えたあとにも、相手とのやり取りは続いている。
アポロンは、連絡先を無理に編集し直さなかった。
代わりに、古いメッセージと新しいメッセージを保存した。
それから、携帯を机に置いた。
画面に表示される情報は、今の状態を示している。
そこに表示されない情報が、最初から存在しなかったことになるわけではない。
アポロンは、その違いを、以前より具体的に考えるようになっていた。
まだ、何が起きているのかは分からない。
ただ、消えた表示だけを見て、そこにあったものまでなかったことにするつもりはなかった。




