第245章 別の番号
後継部署からの回答は、三日後に届いた。
山本は、森川と高瀬を呼び、届いた資料を机の上に並べた。
旧管理区分の番号。
後継部署の管理番号。
移管対象となった資料の一覧。
三つの資料を照合すると、一つだけ不自然な点があった。
旧管理台帳に記載されていた番号は、移管一覧に存在していた。
しかし、後継部署の資料では、同じ番号が別の番号に置き換わっていた。
「番号が変わったのか」
森川が尋ねた。
「その可能性はあります。ただ、番号の対応関係を示す資料が見つかっていません」
山本は、二つの番号を指した。
「旧番号の記録には、移管先の番号が書かれています。一方、後継部署の一覧では、その番号に別の受付番号が対応しています」
高瀬は資料を見比べた。
「同じ資料を指しているのか、それとも別の資料なのか、今の情報では判断できないということですね」
「はい」
森川は、二つの番号を別々に記録するよう指示した。
同じ番号がないからといって、別の資料だとは限らない。
番号が近いからといって、同じ資料だとも限らない。
対応関係を確認するには、番号以外の情報が必要だった。
山本は、移管日と担当部署の記録を調べた。
移管日は一致していた。
しかし、担当者の名前は記載されていなかった。
資料を受け取ったことを示す署名もなかった。
「移管の処理が行われたことは、一覧から確認できます。ただ、受領の確認までは取れていません」
山本が言った。
森川は、調査記録を確認した。
「そこまでにしておこう。番号が対応していない理由は、まだ分からない」
山本は、二つの番号を関連候補として登録した。
確定した対応関係としては扱わなかった。
*
同じ日の午後、高瀬のもとに、別の相談が持ち込まれた。
ある男性が、以前から連絡を取っていた支援担当者に電話をかけたところ、登録されていない番号だという案内が流れたという。
男性は、番号を間違えたのかと思い、手元に残っていた書類を確認した。
番号は一致していた。
以前に届いた通知にも、同じ番号が記載されている。
男性は、窓口に相談した。
「担当者の名前も、電話番号も分かっています。以前、何度も話しています」
窓口の職員は、現在の管理画面を確認した。
「申し訳ありません。こちらの画面では、担当者との連絡先が登録されていない状態になっています」
「では、担当者はもういないんですか」
「そこまでは確認できません」
男性は、以前の書類を差し出した。
そこには、担当者の名前と電話番号が記載されていた。
「この人に連絡を取りたいだけなんです」
職員は書類を受け取り、別の部署に確認した。
しばらくして、担当者が現在も同じ部署で勤務していることが分かった。
男性は、その場で担当者と話すことができた。
「連絡がつかなくなったので、何かあったのかと思いました」
担当者も、困惑した様子だった。
「こちらからも連絡しようとしていたのですが、現在の画面では、あなたの連絡先が表示されなくなっていました」
二人は、互いに連絡を拒否したわけではなかった。
それでも、通常の連絡手段は使えなくなっていた。
高瀬は、双方から聞き取った内容を記録した。
男性が持っていた書類には、担当者の名前と番号が残っている。
担当者側にも、男性との過去の対応記録が残っている。
しかし、現在の管理画面では、二人の連絡先が互いに表示されない。
「連絡先が消えたのは、いつからですか」
高瀬が尋ねた。
担当者は、過去の記録を確認した。
「正確な時期は分かりません。最後に通常どおり表示されていた日付は、こちらの記録から確認できます」
「変更の理由は?」
「記載がありません」
高瀬は、二人の証言と画面の状態を分けて記録した。
連絡を拒否した記録はない。
登録を解除した記録も、現時点では見つかっていない。
連絡先が表示されなくなった理由は不明。
それだけだった。
*
報告を受けた森川は、五〇二号室の住民に関する調査資料を見直した。
これまでの案件では、相談内容が見つからない、回答が届かない、本人の意思が確認されていないのに手続きが完了している、といった問題が続いていた。
今回の案件では、事情が少し違った。
人もいる。
連絡先も残っている。
過去にやり取りした記録もある。
それなのに、現在の管理画面では、二人が連絡を取るための情報だけが表示されなくなっていた。
森川は、山本に尋ねた。
「五〇二号室の記録にも、同じようなことが起きていないか」
山本は、すぐには答えなかった。
「現在確認できているのは、相談記録が通常の検索では見つからないことです。今回の案件と同じ仕組みかどうかは、まだ分かりません」
「そうだな。共通しているように見える点と、実際に確認できた点を分けよう」
山本は、調査資料に項目を追加した。
『関連案件との共通性:未確認』
森川は、現在の管理画面だけでなく、過去の連絡履歴や番号の変更履歴も照会するよう指示した。
一方、五〇二号室の住民には、これまでの調査状況を改めて説明した。
住民は、二つの番号が一致していないことを聞き、手元の受付票を取り出した。
「この番号が、別の番号に変わった可能性があるんですね」
「可能性はあります。ただし、同じ資料だと確認できたわけではありません」
山本は答えた。
「では、私の相談記録がその番号に移ったと、今の段階では言えないんですね」
「はい」
住民は受付票を机の上に戻した。
「分かりました。私の記録だと決めつけずに、確認を続けてください」
山本は、その希望を記録した。
住民は、自分の記録を見つけたいと思っていた。
しかし、見つけたいからといって、別の誰かの記録を自分のものとして扱ってほしいわけではなかった。
山本は、調査対象を広げる一方で、記録の帰属を確定する条件は変えなかった。
*
その夜、アポロンは仕事帰りに駅前の店へ寄った。
美咲から、帰宅が少し遅くなるという連絡が届いていた。
アポロンは、夕食を先に買うことにした。
店内で商品を選んでいると、以前にも見たことのある店員が声をかけてきた。
「いつもありがとうございます」
アポロンは頷いた。
「こんばんは」
会計を済ませ、袋を受け取る。
店員は、次の客の対応に移った。
アポロンは店を出てから、ふと足を止めた。
店員は自分の名前を知らない。
それでも、顔を覚えていた。
以前に何を買ったか、どの時間帯に来ることが多いか。
そうした小さな情報が、店員の中に残っているのだろう。
名前が分からなければ、相手を認識できないわけではない。
逆に、名前や番号が登録されていても、相手が本当に誰なのか、何を望んでいるのかまで分かるとは限らない。
アポロンは、袋を持ち直して歩き出した。
家に帰ると、美咲からもう一度連絡があった。
『ごめん、予定より遅くなりそう。先に食べていてね』
『分かった。気をつけて帰ってきて』
返信を送る。
しばらくして、アポロンの携帯に通知が届いた。
『連絡先の情報が更新されました』
見覚えのない通知だった。
開いてみると、連絡先の一つに、名前の表示がなくなっていた。
番号も、以前に登録したものとは違う。
アポロンは、画面を確認した。
それは、美咲の連絡先ではなかった。
以前、仕事の連絡をするために登録した相手のものだった。
彼は、過去のメッセージを開いた。
相手の名前は、そこに残っていた。
電話番号も、古いメッセージの中に記載されている。
しかし、現在の連絡先一覧では、名前と番号が対応していなかった。
アポロンは、すぐに電話をかけなかった。
まず、古いメッセージを保存した。
それから、連絡先の更新日時を確認した。
更新された時刻は、数分前だった。
誰が変更したのか。
なぜ変更されたのか。
画面には、何も書かれていなかった。
アポロンは、携帯を机に置いた。
神だったころなら、理由を知ることは難しくなかった。
だが、今は違う。
分からないことを、分からないまま確かめる必要がある。
彼は、保存したメッセージをもう一度開いた。
そこには、相手の名前が残っていた。
連絡先の一覧から名前が消えても、過去にその人とやり取りした事実まで、なくなったわけではなかった。




