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神様は、明日を知らない』 ――全知全能の神が、人間になった理由――  作者: 亀


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第242章 空欄を埋める人

翌朝、山本は前日に送った照会への回答を確認した。


氏名の表記が異なる二つの記録について、担当部署から返答が届いていた。


『本人情報との照合は完了しています。登録内容に問題はありません』


山本は、回答を最後まで読んだ。


照合に使用した情報は書かれていない。


氏名の表記が異なる理由も説明されていない。


受付番号が引き継がれた経緯も、分からないままだった。


山本は森川に資料を渡した。


「回答は届きましたが、質問への具体的な説明はありません」


森川は、回答文と照会文を並べた。


「こちらは、何を根拠に同一人物と判断したのかを尋ねた。向こうは、照合が完了したと答えている」


「はい」


「質問に対する回答としては、まだ不足しているな」


山本は、追加照会の準備を始めた。


そのとき、管理画面に新しい通知が表示された。


『照会結果:確定』


山本は画面を保存した。


「また、状態が変わりました」


森川は、更新時刻を確認した。


追加照会は、まだ送信されていない。


「この通知は、誰が出したんだ?」


「実行者の記録はありません」


森川は、通知の前後にある履歴を調べた。


照会の受付時刻。


最初の回答が登録された時刻。


照合完了の表示が更新された時刻。


どれも記録されている。


しかし、照会結果を確定した処理については、実行者も具体的な処理内容も確認できなかった。


森川は、追加照会を続けるよう指示した。


「確定と表示されたことは記録しておこう。ただし、何が確定したのかは、別に確認する必要がある」


山本は頷いた。


二人は、照会結果の表示を消さずに保存した。


     *


午前中、高瀬は前日から続いている申請終了の案件を調べていた。


本人は、申請を終了する意思がなかったと伝えている。


終了理由の説明も求めている。


しかし、管理画面には『追加説明:不要』と表示されたままだった。


高瀬は、担当部署から届いた資料を確認した。


終了処理に適用された規定の名称は記載されていた。


ただし、今回の申請にその規定を適用した理由は書かれていなかった。


また、規定に従って処理を行ったという記録はあるものの、実際に操作した職員の名前は確認できなかった。


高瀬は森川に報告した。


「規定の名称は分かりました。しかし、今回の案件に適用した理由と、実行者は確認できません」


「本人の申告書は?」


「保存されています。終了を希望していないことも、説明を求めていることも記録されています」


森川は資料を受け取った。


「本人の意思と、処理の根拠を分けて整理しよう。規定が存在することだけでは、今回の処理が適切に行われたかどうかまでは分からない」


高瀬は、記録を整理した。


午後、担当部署から再び連絡があった。


今回の案件について、追加説明を行う必要はないという。


高瀬は、その理由を尋ねた。


「本人は、終了理由の説明を希望しています。説明が不要と判断した根拠を確認できますか」


担当者は、しばらく資料を確認していた。


「管理画面では、説明不要という扱いになっています」


「その扱いを決定した記録はありますか」


「今のところ、確認できません」


「本人の申告書は確認していますか」


「申告書はあります。ただ、追加説明の要否を判断した記録とは結びついていません」


高瀬は、回答を記録した。


電話を切ったあと、森川に報告した。


「本人の申告書は存在しています。ただ、説明不要という判断の根拠は見つかっていません」


森川は、記録を確認した。


「では、本人には、説明不要という表示があることと、説明不要と判断した理由が確認できていないことを、分けて伝えよう」


高瀬は、その方針に従って連絡を行った。


本人は説明を聞いたあと、こう答えた。


「分かりました。ただ、私は説明を求めたという記録を残してください」


高瀬は、本人の発言をそのまま記録した。


本人は、終了理由を知りたいという希望を取り下げなかった。


その記録が保存されると、管理画面の表示が更新された。


『本人への説明:完了』


高瀬は、画面を見つめた。


「説明したことにはなっています」


森川は、保存された通話記録を確認した。


「こちらが説明したのは、今の表示と、理由が確認できていないということだ。申請を終了した理由そのものではない」


「はい」


「記録には、何を説明したのかも残そう」


高瀬は、説明した内容を具体的に追記した。


その後、画面の状態は変わらなかった。


     *


昼過ぎ、五〇二号室の住民は、管理事務所を訪れた。


彼女は、以前に提出した相談について、現在どのような記録が残っているのかを確認したかった。


山本が応対した。


「以前の受付番号は確認できています。ただ、相談内容を現在の管理画面から参照することはできません」


住民は、受付番号を記載した控えを机の上に置いた。


「この番号で受け付けたことは、分かるんですね」


「はい」


「では、私が何を相談したのかは、分からないのですか」


山本は、すぐには答えなかった。


「現在確認できる記録だけでは、相談内容を特定できません」


「記録がないのですか。それとも、記録はあるけれど、見られないのですか」


山本は、手元の資料を確認した。


「受付番号と処理日が記載された記録はあります。ただ、相談内容の欄は空白です。別の管理区分に、関連する記録が残っている可能性はありますが、まだ確認できていません」


住民は頷いた。


「その違いは、分けて記録してください」


「承知しました」


「私が相談したことまで、なかったことにしてほしいわけではありません。でも、分からない内容を、私が話したことにしてほしくもありません」


山本は、彼女の言葉を記録した。


住民は、記録の内容を読み返した。


「これで大丈夫です」


山本は控えを渡した。


彼女はそれを受け取り、鞄にしまった。


「次に分かったことがあれば、教えてください」


「確認できた内容があれば、ご連絡します」


住民は事務所を出ていった。


山本は、彼女が残した受付番号の控えを見た。


その番号は、現在の管理画面にも存在している。


ただし、番号が存在することと、その番号に対応する相談内容が確認できることは、同じではなかった。


山本は、受付記録に新しい注記を加えた。


『本人は、相談内容が確認できない状態と、相談自体が存在しなかった状態を区別して記録することを希望している』


保存を終えたあと、管理画面に通知が現れた。


『本人確認:完了』


山本は、画面を保存した。


今回、本人と直接話したことは事実だった。


しかし、彼女が何を相談したのかは、依然として分からない。


山本は、その二つを混同しなかった。


     *


夕方、アポロンは仕事を終えたあと、美咲と駅で待ち合わせた。


美咲から届いたメッセージには、待ち合わせ場所だけが書かれていた。


時刻は決めていなかった。


アポロンは、仕事が終わってから駅へ向かった。


改札の外で待っていると、しばらくして美咲が歩いてきた。


「待った?」


「少し」


「ごめん。電車が一本遅れていたの」


「そうか」


美咲は時計を確認した。


「でも、まだ店は開いているね」


「行こう」


二人は、駅から少し離れた店へ向かった。


店内には、いくつかの商品が並んでいた。


美咲は棚を見ながら、必要なものを探した。


「これ、前に見たものと似ているんだけど、少し違うんだよね」


アポロンは、二つの商品を見比べた。


「容量が違う」


「そう。それに、使い方も少し違うみたい」


美咲は説明書きを読み、片方を手に取った。


「今日は、こっちにする」


アポロンは頷いた。


「決まったのか」


「うん。今、確認したから」


会計を済ませ、二人は店を出た。


帰り道、美咲が言った。


「予定って、決めておいても変わることがあるね」


「今日も、電車が遅れた」


「そう。だから、時間を細かく決めすぎないほうが楽なときもあるんだよ」


アポロンは考えた。


「ただ、決めないことと、決めたことを忘れるのは違う」


美咲は彼を見た。


「そうだね」


二人は歩き続けた。


帰宅すると、美咲は買ってきたものを棚にしまった。


アポロンは、明日の勤務時間を手帳で確認した。


その横には、今日の買い物についての短いメモが残っていた。


彼は、明日の予定を一つだけ書き加えた。


『仕事のあと、牛乳を買う』


その下に、時刻は書かなかった。


仕事が何時に終わるかは、まだ確定していない。


アポロンは手帳を閉じた。


空欄を埋めることが、いつも必要なわけではない。


分からないことを分からないまま残しておけば、あとから確かめることができる。


誰かが勝手に答えを入れてしまえば、その答えが誰のものなのかを調べなければならなくなる。


アポロンは、机の上に手帳を置いた。


明日の予定は、まだ途中だった。


それで、何も困らなかった。

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