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神様は、明日を知らない』 ――全知全能の神が、人間になった理由――  作者: 亀


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第二十四章 もらったもの

仕事が終わった夕方。


アポロンは店の外に出た。


空はまだ明るかった。


今日は雨が降る予定ではない。


そう思いながら歩いていると、スマートフォンが震えた。


美咲からだった。


『今日、少し遅くなります』


アポロンは画面を見た。


『分かった』


短く返信する。


以前なら、帰る時間が変わったことを気にしていただろう。


けれど今日は、特に気にならなかった。


待つことにも、少し慣れてきた。


駅前の店を歩いていると、ふと小さな雑貨店が目に入った。


ガラス越しに、いくつもの小物が並んでいる。


アポロンは足を止めた。


特別な理由はなかった。


ただ、見てみようと思った。


店の中には、キーホルダーや小さな置物、文房具などが並んでいた。


一つの棚の前で、アポロンは立ち止まった。


小さな青いしおりだった。


「……これなら使えるか」


手に取る。


値段を見る。


高くはない。


そのまま買おうとした時、後ろから店員の声が聞こえた。


「プレゼントですか?」


アポロンは振り返った。


「違う」


「そうですか」


店員は笑った。


「じゃあ、ご自分用ですね」


「……自分用」


その言葉を繰り返した。


自分のために何かを買う。


それなら、すでに何度も経験している。


しかし、なぜかそのしおりを見ていると、美咲の顔が浮かんだ。


青い色。


美咲が好きだと言っていた色だった。


アポロンは少し考えた。


そして、しおりを買わずに店を出た。


駅の近くで、美咲を待つ。


しばらくすると、彼女が歩いてきた。


「ごめんなさい。待ちました?」


「少しだけ」


「何かしてました?」


「店を見ていた」


「何のお店?」


アポロンはさっきの雑貨店を指した。


「入ったの?」


「ああ」


「何か買った?」


「買っていない」


美咲は少し笑った。


「珍しいですね」


「そうか?」


「アポロンさん、必要だと思ったらすぐ買うじゃないですか」


「……確かに」


二人で歩き始める。


しばらくして、アポロンが言った。


「美咲」


「はい?」


「人間は、誰かから物をもらったら、どうする?」


「どうするって?」


「使う」


「もちろん使いますけど」


「使わない場合は?」


美咲は少し考えた。


「大切にしまっておくこともありますね」


「なぜ?」


「もったいないから、とか」


「使わないのに?」


「使いたいけど、なくしたくないから」


アポロンは黙った。


なくしたくない。


その言葉を考えた。


以前、キーホルダーをなくした時のことを思い出した。


物そのものが大切だったわけではない。


美咲が言った言葉。


一緒に過ごした時間。


そこに意味があった。


「もらった物にも、時間が入るのか?」


「時間?」


「その人が選んだ時間」


美咲は少し驚いた。


それから、ゆっくり頷いた。


「そういう考え方もあると思います」


アポロンは歩きながら考えた。


もし誰かが自分のために時間を使ったのなら。


それを受け取ることにも、意味があるのかもしれない。


「……難しいな」


「何がですか?」


「人間は、物だけを受け取っているわけではない」


美咲は笑った。


「急に難しいこと言いますね」


「そうか?」


「でも、たぶんそうですよ」


二人はコンビニに寄った。


美咲が飲み物を選んでいる間、アポロンは棚を見ていた。


そして、ふと一つの商品を手に取った。


小さなプリンだった。


「またプリンですか?」


「好きだからな」


「覚えましたよ」


「なら、問題ない」


二人で笑った。


帰宅すると、美咲が冷蔵庫を開けた。


「プリン、冷やしておきますね」


「ああ」


その時、アポロンはふと思った。


以前なら、買ったものはすぐに使うか食べていた。


今は違う。


明日の朝に食べるもの。


明日のために残しておくもの。


誰かと一緒に食べるもの。


物にも、時間ができていた。


夜。


アポロンは机の上にスマートフォンを置いた。


今日買わなかった青いしおりのことを思い出す。


明日、また店に行ってもいい。


買わなくてもいい。


それでも。


「……明日、まだあるな」


小さく呟いた。


神だった頃には、明日は最初からすべて知っていた。


今は、明日を知っていても。


そこへ向かうまでの時間を、自分で過ごしている。


アポロンは布団に入った。


冷蔵庫の中には、明日のプリンがある。


それだけのことが、少し嬉しかった。

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