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神様は、明日を知らない』 ――全知全能の神が、人間になった理由――  作者: 亀


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第234章 決められていない予定

翌朝、美咲は朝食を食べながら、携帯電話を何度か確認していた。


「どうした?」


アポロンが尋ねると、美咲は画面をこちらに向けた。


「今日の予定が、勝手に登録されているの」


画面には、駅での待ち合わせが表示されていた。


時刻は午後六時。


場所は、いつもの改札口。


「六時に決めたのか」


「ううん。時間は決めていないよ」


美咲は予定を開いた。


登録日時は、前日の午後九時十二分。


二人が夕食を終えた頃だった。


「この時間、私は帰ってきたばかりだった。アポロンと話したけど、六時なんて言っていない」


「そうだな。時間は決めていなかった」


「じゃあ、誰が登録したんだろう」


アポロンは登録情報を確認した。


登録者の欄には、美咲本人のアカウントが表示されている。


変更履歴はなかった。


「自分で登録した覚えはない?」


「ないよ。そもそも、昨日は時間を決める話をしていなかったから」


美咲は予定を削除しようとした。


しかし、画面には別の表示が出た。


『本人確認済みの予定です。変更する場合は、登録内容を確認してください』


「本人確認済みって、何?」


美咲は困ったように笑った。


「私が登録したことになっているのかな」


アポロンは画面を見つめた。


「登録者が美咲になっていることと、美咲が登録したことは、同じではない」


「そうだね」


美咲は予定を閉じた。


「今日は、六時に間に合うように行けばいいのかな」


「その時間が都合よければ、それでもいい」


「でも、勝手に決められた時間に合わせるのも変だよね」


美咲は少し考えたあと、予定をもう一度開いた。


そして、六時という時刻を消そうとした。


今度は、変更できた。


ただし、削除した時刻は空欄になっただけで、予定そのものは残っていた。


『待ち合わせ予定』


場所は、いつもの改札口。


時刻は未設定。


美咲は画面を閉じた。


「これなら、まだ私たちが決めていないことが分かるね」


「そうだな」


二人は朝食を終え、それぞれ出かける準備をした。


アポロンは、出勤前に鉢植えの土を確認した。


表面は乾いていたが、指先で確かめると、少し下には水分が残っていた。


今日は水をやらなくてもよさそうだった。


彼は鉢を窓際に戻し、家を出た。


店に着くと、健一が事務所で何かを調べていた。


「アポロン、ちょっと見てくれるか」


共有画面には、翌日の勤務予定が表示されていた。


アポロンの勤務時間は、午前九時から午後六時まで。


健一の勤務時間は、午前十時から午後七時まで。


「昨日、確認した時間と違うな」


「そうなんだ。店長は、俺が十時からだと言っていた。でも、共有画面では九時からになっている」


健一は紙のシフト表を取り出した。


そこには、健一の勤務開始時刻が十時と記されていた。


「店長にもう一度聞いてみる」


電話をかけると、店長は紙のシフト表を確認した。


「健一は十時からで間違いない。共有画面のほうは、こちらでも確認する」


電話が終わると、健一は紙を机に置いた。


「これで、明日の時間は分かった」


「共有画面は、直さないのか」


「修正を依頼するよ。ただ、直るまでの間は紙のほうを使う」


健一は、店長から届いた確認メッセージも保存した。


「後で表示が変わっても、何を確認したか分かるようにしておきたいからな」


アポロンは頷いた。


開店時間が近づいていた。


二人は事務所を出て、厨房の準備を始めた。


午前中は忙しかった。


注文を受け、料理を作り、皿を運ぶ。


その間、アポロンは勤務予定のことを考えなかった。


今、目の前にある仕事を進めればよかった。


昼休み、健一が携帯電話を見ていた。


「修正依頼、受け付けられたみたいだ」


「もう直ったのか」


「いや、受付が終わっただけだ。修正されたかどうかは、まだ分からない」


健一は画面を閉じた。


「まあ、明日の勤務時間は店長に確認できているからな」


その日の午後、森川のもとにも、似た性質の報告が届いていた。


ある住民の申請について、受付記録には本人が希望した内容が残っている。


ところが、現在の管理画面では、本人が別の内容を選択したことになっていた。


担当者は、本人に連絡を取って確認しようとした。


しかし、画面には次の表示が出ていた。


『本人確認済み』


『追加確認:不要』


森川は担当者に電話をかけた。


「本人には連絡しましたか」


「まだです。確認しようとしたところ、追加確認は不要と表示されました」


「本人が選択した内容を、直接確認した記録はありますか」


「受付時の記録はあります。ただ、現在表示されている選択内容については、確認した記録がありません」


森川は資料を開いた。


受付時の記録と現在の表示は、確かに異なっていた。


しかも、現在の表示が登録された時刻には、担当者は別の業務を行っていた。


「では、本人に連絡してください。画面の表示を先に伝えるのではなく、実際に何を希望したのかを確認してください」


「分かりました」


電話を切ったあと、高瀬が尋ねた。


「本人が希望した内容と、システムが登録した内容が違っていた場合、どちらを優先するんでしょうか」


「まず、本人が現在何を希望しているのかを確認する。過去の受付記録も、現在の表示も、その確認に使う資料だ」


「過去の記録があるから、現在の希望も同じだとは限らない」


「そうだ」


森川は続けた。


「逆に、現在の表示があるからといって、本人がそう希望したとも限らない」


夕方、担当者から返答があった。


本人に直接連絡したところ、現在の管理画面に表示されている内容は希望していないと答えたという。


本人は、受付時に記録された内容を今も希望していた。


担当者は、その回答を本人の発言として記録した。


森川は、受付時の記録、現在の表示、本人への聞き取り記録を並べた。


三つは一致していなかった。


「これで、少なくとも本人の現在の希望は確認できました」


高瀬が言った。


「そうだな。ただし、なぜ表示が変わったのかは、別に調べる必要がある」


森川は、変更履歴を確認した。


新しい登録は残っている。


しかし、変更を行った担当者も、本人の発言を確認した記録もなかった。


その下には、また同じ項目が表示されていた。


『個別確認:対象外』


森川は、その画面を保存した。


今度は、本人の意思が不明だったのではない。


本人は、直接、自分の希望を話していた。


それでも、システム上では、本人に確認する必要がないことになっていた。


森川は高瀬に言った。


「これまでの事例と同じ処理が関係しているのかもしれない。ただし、まだ原因は特定できない」


「でも、本人が話した内容を、表示が上書きすることは確認できました」


「そうだ。そこは、記録に残そう」


夜。


アポロンは仕事を終え、駅に向かった。


美咲から連絡が来ていた。


『仕事が終わったよ。何時頃に着く?』


『あと二十分くらい』


『分かった。私もそのくらい』


アポロンが駅に着くと、美咲は改札の近くで待っていた。


「お待たせ」


「今、着いたところだ」


美咲は携帯電話を取り出した。


「そういえば、今日の予定、時間を消したのに、通知だけは六時のままだったよ」


「今も?」


「ううん。さっき見たら、時間が未設定になっていた」


彼女は画面を閉じた。


「結局、何だったんだろうね」


「分からない」


アポロンは答えた。


「ただ、今日、ここで待ち合わせることは、二人で決めた」


「うん。それは間違いないね」


美咲は笑った。


二人は駅を出て、夕食を食べる店を探し始めた。


どこに行くかは、まだ決まっていなかった。


途中にあった店をのぞき、混んでいれば別の店に行く。


それだけの予定だった。


アポロンは、美咲の歩く速さに合わせた。


携帯電話の画面には、二人が話し合った内容のすべてが残っているわけではない。


それでも、今、二人は一緒に歩いていた。


そして、次にどの店へ入るかは、これから二人で決めることだった。

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