第227章 誰も答えていない
通知は、止まらなかった。
森川と高瀬は、追加された処理記録を一件ずつ保存した。
最初の三件に続き、さらに二件。
いずれも、過去の管理記録に関連する番号だった。
処理日時はすべて今日。
実行者の欄は空白。
照合対象の項目も、確認方法も記載されていない。
それでも、結果だけは同じだった。
本人確認:完了。
高瀬が画面を切り替えた。
「五件とも、参照先の登録情報が見つかりません」
「処理の前後で、記録の状態は変わっていますか」
「確認します」
高瀬は変更履歴を開いた。
最初の記録には、昨日までの状態が残っていた。
参照先未確定。
本人確認未実施。
その二つが、今日の処理を境に書き換わっている。
「元の記録は残っています。ただ、現在の状態だけが変わっています」
「変更した主体は?」
「表示されません」
森川は椅子に座り直した。
単純な入力ミスなら、入力した担当者や処理端末を追える可能性がある。
自動処理なら、実行条件や処理履歴が残るはずだった。
しかし、今の記録からは、どちらとも判断できない。
「システム管理部門へ連絡します。こちらで修正したり、再照合をかけたりしないでください」
森川は、発生した時刻と対象番号をまとめ、管理部門へ送った。
そのうえで、問い合わせをした本人への対応も確認した。
「本人確認が完了したという結果が出ていますが、本人に連絡した記録はありません」
高瀬が言った。
「この状態で、本人確認済みとして扱うわけにはいきませんね」
「はい。処理結果と、実際に確認できた事実は別です」
森川は回答案を作成した。
記録の存在については、確認できた範囲で回答する。
ただし、現在表示されている本人確認の結果については、根拠となる記録を確認できていないため、確定した事実として伝えない。
内容の開示についても、本人との関係が確認できるまでは進めない。
回答案を高瀬と確認し、必要な手続きを通した。
昼過ぎ、管理部門から連絡があった。
担当者は、今回の処理を実行した記録を調べているという。
「現時点では、通常の自動処理として登録されていません」
電話口の担当者は慎重に説明した。
「ただし、旧システムとの連携部分については、別途確認が必要です」
「旧システムから処理が送られた可能性がある、ということですか」
「可能性の一つです。まだ断定できません」
森川は頷いた。
「では、処理が発生した時刻と、変更前後の状態を確認してください。可能であれば、同じ時間帯にほかの記録が変更されていないかもお願いします」
「承知しました」
電話を切ると、高瀬が言った。
「旧システムが原因なら、昔の問題が残っていたということになりますか」
「そうかもしれません。ただ、今日まで処理されなかったものが、なぜ今日動いたのか。その説明も必要です」
「誰かが起動した可能性もありますね」
「あります。でも、今のところ、誰かが操作した証拠はありません」
森川は記録に、そのまま書き残した。
原因不明。
実行主体不明。
変更理由不明。
分からないことを、分かったことにしない。
それが、今できる唯一の確実な作業だった。
午後三時過ぎ。
山本から電話が入った。
「森川さん、少し確認したいことがあります」
「どうしましたか」
「502号室の方から、また連絡がありました」
森川は手を止めた。
「何か新しい申し出があったんですか」
「本人に関係する記録があるかどうか、もう一度確認したいそうです。それから……」
山本は、言葉を選んでいるようだった。
「昨日、本人が問い合わせをした後、知らない番号から電話があったそうです」
「知らない番号?」
「はい。相手は名乗らなかったそうです。ただ、『確認は終わっています』と言われたと」
森川は、机の上の処理記録を見た。
「その電話は、いつですか」
「昨日の夕方です」
「相手の番号は残っていますか」
「着信履歴はあるそうです。本人が、必要なら提供すると言っています」
「分かりました。まず、本人の同意を確認してください。履歴を見せてもらう場合も、今回の件に必要な範囲に限ります」
電話を終えた森川は、高瀬に内容を伝えた。
「昨日の夕方……」
高瀬は、処理記録の時刻を確認した。
「システム上の本人確認が完了したのは、今日です」
「ええ。だから、同じものだとは限りません」
「でも、相手は確認が終わったと言った」
「そうですね」
森川は少し考えた。
昨日の電話と今日の処理。
両者の関係は分からない。
ただ、本人が知らないところで、誰かが確認済みだと伝えていた。
その事実は、システムの記録とは別に確認する必要があった。
夕方、管理部門から追加の連絡が届いた。
五件の処理記録について、共通する情報が一つ見つかったという。
処理を実行した端末の識別情報は取得できなかった。
しかし、処理要求の送信元として、現在の管理区分に属さない識別番号が記録されていた。
その番号は、旧システムの台帳にも、移管記録にも登録されていなかった。
森川は、受け取った文書を開いた。
番号の欄には、こう記されていた。
0000。
高瀬が画面を覗き込んだ。
「同じ番号ですね」
「はい」
「これが、処理の送信元なんでしょうか」
「文書には、送信元として記録されているとあります。ただし、実際に何を指す番号なのかは確認できていません」
森川は文書を保存し、管理部門に追加照会を出した。
その後、彼は一つのことに気づいた。
今回の五件は、どれも過去に本人確認の記録が不足していた案件だった。
つまり、確認が完了したと表示されることで、現在の管理手続きが先へ進む可能性がある。
本人が同意していなくても。
本人と連絡が取れていなくても。
記録上は、すでに確認が終わったことになる。
森川は、関連する手続きの担当部署へ連絡し、今回の処理結果だけを根拠に次の判断へ進まないよう、事実確認が必要であることを伝えた。
すべての手続きを止めるのではない。
確認できている事実まで無効にする必要もない。
ただ、確認されていない意思を、確認済みとして扱わせない。
そのための連絡だった。
退勤前、高瀬が尋ねた。
「この番号は、何なんでしょうね」
森川は、保存した文書を閉じた。
「まだ分かりません」
「以前の0000号の仕組みと関係がある可能性は?」
「あります。ただ、番号が同じだからといって、仕組みまで同じとは限りません」
高瀬は頷いた。
二人は、翌日に確認する事項を整理した。
処理要求の送信元。
参照先が未確定のまま、本人確認だけが完了した理由。
そして、昨日の夕方に502号室の住人へ電話をかけた相手。
どれも、まだ答えは出ていない。
森川が端末を閉じようとした時、新しい通知が一件届いた。
今度は、調査対象として登録されていない番号だった。
記録の状態は、最初から「本人確認済み」。
変更履歴はない。
確認方法も、確認日時も、実行者も存在しない。
ただ一つ、備考欄に短い文が記されていた。
対象者との照合は不要。
森川は、しばらくその一文を見つめていた。
誰が書いたのか。
いつ書かれたのか。
何を根拠に、照合を不要としたのか。
どれも分からない。
だが、その記録は、これまでの五件とは違っていた。
確認が完了したのではない。
最初から、確認する必要がないとされていた。
そして、その判断をした者の名前は、どこにもなかった。




