第225章 残された参照先
翌朝、森川は出勤すると、前日に送った照会への回答を確認した。
参照先未確定となっていた記録について、旧管理部署に残る手続き台帳が見つかったという。
森川は添付資料を開き、高瀬に連絡した。
「参照先を確定するための手続き台帳が見つかったそうです」
「中身は確認できましたか」
「これからです。まず、管理番号が一致するか確認します」
二人は資料を並べ、旧端末の管理番号と、移管時の受付番号を照合した。
どちらも一致していた。
台帳には、媒体の管理責任を統合管理部署へ移すための処理が記載されていた。その一方で、参照先については、次の記述が残されていた。
「関連記録との照合後、確定」
その項目には、完了を示す印がなかった。
「参照先を確定するには、関連記録との照合が必要だったんですね」
森川が言った。
高瀬は、台帳の次のページを確認した。
「ただし、ここには照合対象となる関連記録の番号が記載されていません」
「手続き自体は始まっていたけれど、何を照合する予定だったのかは分からない、ということですか」
「はい。それに、完了の印がないからといって、後日、別の台帳で処理された可能性までは否定できません」
森川は、台帳の余白を確認した。
担当者の署名欄は空白だった。
処理日も記載されていない。
しかし、台帳そのものは、移管処理に関する正式な記録として保存されていた。
森川は、今回の資料から確認できることを整理した。
媒体の管理責任を移す手続きは記録されている。
参照先を確定するには、関連記録との照合が必要だった。
その照合について、この台帳には完了を示す記録がない。
それ以上のことは、まだ分からなかった。
「次は、同じ時期に作成された照合記録を探しましょう」
高瀬が言った。
「はい。参照先が未確定のまま残されたのか、別の記録で確定されたのか。それを区別できる資料が必要です」
森川は、旧管理部署に追加照会を送った。
*
昼前、代理権限登録に関する検索結果も届いた。
旧形式の番号を使って再検索したところ、以前の検索では表示されなかった関連記録が一件見つかった。
森川は、すぐに記録の概要を確認した。
その記録は、本人の意思確認に関するものではなかった。
記載されていたのは、代理権限登録に関連する書類を別の管理区分へ移したという処理履歴だった。
移管先の管理区分は確認できたが、個別の文書番号は記載されていなかった。
「参照先の管理区分までは分かりましたね」
高瀬が言った。
「はい。ただし、この記録だけでは、本人の意思確認書がそこに含まれているかどうかは分かりません」
森川は、記録に記載された管理区分を調べた。
そこでは、本人の署名付き書面、連絡による確認履歴、例外処理の承認記録などが、それぞれ別の分類で保存されていた。
つまり、今回の記録が示していたのは、検索すべき場所の一つだった。
本人の意思確認が行われた証拠でも、行われなかった証拠でもない。
森川は、管理区分ごとに検索を依頼した。
検索対象は、現在調べている代理権限登録の関連番号に限った。
ほかの記録にまで対象を広げると、関係のない人物の情報を不必要に調べることになる。
「今回は、範囲を絞ったほうがよさそうですね」
高瀬が言った。
「はい。手がかりが増えたからといって、関係する可能性のある記録を全部開けばいいわけではありません」
森川は、照会内容を確認して送信した。
*
午後、山本から森川へ連絡があった。
五〇二号室の相手が、今後の調査について一つ希望を伝えてきたという。
「記録が見つかった場合、内容を確認する前に、まず自分に関係するものかどうかを教えてほしいそうです」
森川は、少し考えてから答えた。
「分かりました。ただし、記録の管理番号だけでは本人との関係を判断できない場合があります。そのときは、確認できていないことも含めて説明する必要があります」
「その点も伝えます」
山本が電話を切ったあと、森川は現在の再審査記録を開いた。
相手は、過去の記録をすべて見たいと求めているわけではなかった。
自分に関係する情報なのか。
その情報は、本人が選んだことを示しているのか、それとも誰かが本人に代わって決めたことを示しているのか。
まず、その違いを知りたいのだという。
森川は、本人の希望を再審査の担当部署へ伝えた。
記録の関連性を確認する手順と、内容の開示可否を判断する手順を、できる限り分けて検討してほしいと付け加えた。
ただし、関連性を確認するためにも、本人確認や第三者情報の保護が必要になる場合がある。
希望を伝えたからといって、すべての記録を直ちに確認できるわけではなかった。
それでも、何を先に知りたいのかは、明確になった。
*
その夜、アポロンは美咲と夕食を食べていた。
美咲は、仕事で受け取った書類を鞄から取り出し、テーブルの端に置いた。
「これ、明日までに確認しなきゃいけないんだ」
「何の書類?」
「来月の勤務希望。出勤できない日を先に書いておくの」
アポロンは、書類に目を向けた。
「来月の予定を、今決めるのか」
「全部じゃないよ。分かっている範囲だけ」
「あとから変更することもある?」
「あるよ。急な用事ができることもあるし、職場の都合で調整することもあるから」
美咲は、記入欄に日付を書き込んだ。
「でも、何も決めないままだと、ほかの人も予定を立てられないでしょう?」
「そうだな」
「だから、今分かっていることを出しておいて、変わったら相談するの」
アポロンは、その手順を見ていた。
未来が確定しているから予定を立てるのではない。
現時点で分かっていることをもとに予定を立て、事情が変われば調整する。
その方法なら、すべてを知っていなくても、ほかの人と予定を共有できる。
「書き終わった?」
「うん。あとは提出するだけ」
美咲は書類を鞄にしまった。
アポロンは食事を続けた。
翌月の勤務予定は、まだ変更されるかもしれない。
しかし、今の時点で決めておく必要があることもある。
決定を先送りにすることと、変更の可能性を残すことは、同じではなかった。
食事を終えた美咲は、明日の準備を始めた。
アポロンも、自分の使った食器を流しへ運んだ。
明日になれば、今日とは違う事情が生まれるかもしれない。
そのときは、そのときに確認すればよかった。




