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神様は、明日を知らない』 ――全知全能の神が、人間になった理由――  作者: 亀


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第二十二章 雨の日の買い物

午後から降り始めた雨は、夕方になっても止まなかった。


アポロンは窓の外を見ていた。


昨日までなら、雨の日は身体が濡れる日だった。


今は少し違う。


雨の音を聞くこと。


窓についた水滴を見ること。


傘を差して歩くこと。


それぞれに、別の感覚がある。


「アポロン」


美咲が声をかけた。


「うん?」


「牛乳、買い忘れた」


冷蔵庫を開ける。


確かに、牛乳がない。


「今から買いに行く?」


「うん。でも雨だよ」


「傘がある」


アポロンは玄関に置いてある傘を見る。


「じゃあ、行こうか」


二人は傘を持って家を出た。


外へ出る。


雨は思ったより強かった。


道路には水が溜まり、車が通るたびに水しぶきが上がる。


アポロンは傘を少し下げた。


「濡れない?」


美咲が聞く。


「大丈夫」


「本当に?」


「昨日より身体は元気だ」


「そういう問題じゃないよ」


美咲は笑った。


二人は並んで歩いた。


スーパーに着く。


店内は、雨の日だからか、いつもより少し人が多かった。


傘を持った人。


濡れた服を気にする人。


子供の手を引く人。


仕事帰りの人。


みんな、それぞれ買うものを探している。


アポロンはカゴを持った。


「今日は何を買う?」


「牛乳と、卵と……」


美咲が商品を見ながら歩く。


「あと、明日の朝のパン」


「パンは何がいい?」


「アポロンは?」


「何でもいい」


「じゃあ、自分で選んでみて」


アポロンはパンの棚を見た。


いくつも種類がある。


食パン。


クロワッサン。


あんパン。


メロンパン。


しばらく考える。


「これ」


アポロンが取ったのは、メロンパンだった。


「それ好きなの?」


「まだ分からない」


「じゃあ、食べてみよう」


「うん」


カゴに入れる。


会計を終える。


外へ出ると、雨はさらに強くなっていた。


「少し待とうか」


美咲が言った。


スーパーの入口には、雨宿りをしている人が何人かいた。


アポロンもその隣に立った。


外を見る。


雨が地面を叩いている。


一人の小さな女の子が、母親の手を握っていた。


「早く帰りたい」


「もう少し待とうね」


母親が言う。


女の子は不満そうな顔をした。


「雨、嫌い」


アポロンはその言葉を聞いて、少し笑った。


最初の自分と同じだった。


雨は嫌なもの。


濡れる。


寒い。


歩きにくい。


それだけだった。


けれど。


今は。


雨の日にも、いくつもの時間があることを知っている。


「どうしたの?」


美咲が聞いた。


「最初に会った日のことを思い出した」


「雨の日だったね」


「うん」


「アポロン、あの時すごく寒そうだった」


「実際、寒かった」


「傘も持ってなかったし」


「雨が降ることは知っていた」


美咲が少し笑う。


「知ってたのに?」


「知っていても、傘を持つ必要性を知らなかった」


「それは変なの」


「そうだな」


二人で笑った。


しばらくすると、雨が少し弱くなった。


「今なら帰れそう」


「うん」


二人は傘を開いた。


帰り道。


アポロンは、買い物袋を持って歩いた。


袋の中には、牛乳。


卵。


パン。


どれも特別なものではない。


けれど。


明日の朝には、このパンを食べる。


そのことを考えると、少し楽しみだった。


家に着く。


濡れた傘を玄関に置く。


美咲が買ったものを冷蔵庫に入れる。


アポロンはメロンパンを取り出した。


「今食べるの?」


「明日の朝まで待つ」


美咲が笑った。


「ちゃんと待てるんだ」


「待つことには、少し慣れた」


そう言って、アポロンはパンを冷蔵庫の上に置いた。


夜。


雨はまだ降っていた。


アポロンは窓の外を眺める。


最初にこの街へ来た日。


自分は何も持っていなかった。


財布も。


家も。


仕事も。


人間としての経験も。


今は違う。


小さな財布がある。


仕事がある。


明日の朝に食べるパンがある。


そして。


明日を一緒に迎える人がいる。


アポロンは静かに笑った。


「……人間の生活というのは、こういうものなのかもしれない」


大きな出来事はない。


ただ。


雨の日に買い物へ行き。


明日のパンを買う。


それだけ。


けれど。


そんな一日を、悪くないと思えるようになっていた。

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