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神様は、明日を知らない』 ――全知全能の神が、人間になった理由――  作者: 亀


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第十七章 気持ちの行き先

翌朝。


アポロンは、いつも通り店へ向かった。


昨夜のことは、まだ頭に残っていた。


美咲が友達と食事をしていたこと。


それを聞いて、自分の中に生まれた奇妙な感情。


結局、名前は分からなかった。


考えても答えは出ない。


だから、仕事をしていれば忘れるだろうと思った。


「おはようございます」


店に入る。


「おう、おはよう」


健一が返事をする。


いつもと変わらない朝だった。


注文を確認する。


食器を並べる。


厨房の準備をする。


アポロンは普段通りに動いていた。


しかし。


頭の片隅に、昨夜のことが残っている。


美咲は、友達と何を話していたのだろう。


誰と食事をしたのだろう。


そんなことを考えてしまう。


そして、そのたびに自分で止めようとする。


仕事とは関係ない。


考える必要もない。


昼前。


客から注文を受けた。


「味噌ラーメン一つ、餃子一つです」


「はい」


アポロンは厨房へ伝えた。


その直後。


健一が振り返った。


「餃子は二つだぞ」


アポロンが止まる。


「……二つ?」


「今の注文、二人前」


「申し訳ない」


すぐに確認する。


確かに二人前だった。


普段なら間違えない。


健一は怒らなかった。


「まあ、誰でも間違える。気をつければいい」


「分かった」


アポロンは頷いた。


それでも。


自分の中に、小さな苛立ちが残った。


仕事が一段落したあと。


アポロンは厨房の隅で水を飲んだ。


冷たい水が喉を通る。


「……集中できていない」


自分で分かった。


原因も、おそらく分かっている。


昨日のことだ。


たったそれだけのことなのに。


仕事にまで影響した。


「考えすぎるなよ」


健一が言った。


アポロンは振り返った。


「何を?」


「さっきから、ずっと難しい顔してる」


「そうか?」


「そうだよ」


健一は笑った。


「人間、気になることがあると、仕事してても頭の中に残るからな」


「それは、普通なのか?」


「普通だろ」


アポロンは少し黙った。


「……不便だな」


「そういうもんだ」


健一はそう言って、仕事に戻った。


午後。


アポロンは意識して目の前の仕事だけを見ることにした。


皿を洗う。


注文を確認する。


料理を運ぶ。


一つずつ。


そうしているうちに、少しずつ頭が軽くなっていった。


仕事が終わる。


店の外へ出る。


夕方の空は、薄い雲に覆われていた。


アポロンはスマートフォンを取り出した。


美咲からメッセージが届いていた。


『今日、帰りにコンビニ寄るけど、何かいる?』


アポロンは少し考えた。


『プリン』


すぐに送る。


数秒後。


『昨日も甘いもの食べたのに?』


アポロンは画面を見て、少し笑った。


『今日はプリンがいい』


『分かった』


短いやり取りだった。


それだけで、昨日から胸に残っていたものが少し軽くなった。


帰宅すると、美咲がプリンをテーブルに置いた。


「はい」


「ありがとう」


「そんなに食べたかったの?」


「分からない」


「また?」


「今日は、食べたかった」


美咲は笑った。


「じゃあ、よかったね」


アポロンはプリンを食べた。


甘い。


冷たい。


昨日食べたケーキとは違う味だった。


それなのに。


なぜか今日は、昨日より美味しく感じた。


食べ終わったあと。


アポロンは美咲に聞いた。


「昨日の友達とは、どういう人なんだ?」


美咲は少し驚いた。


「どうしたの?」


「気になった」


「普通の友達だよ」


「そうか」


それだけだった。


美咲は少し考えてから聞いた。


「もしかして、昨日から気にしてた?」


アポロンは答えなかった。


しばらくして。


「……少し」


美咲は笑った。


「そっか」


それ以上は何も言わなかった。


夜。


アポロンは布団に入った。


今日、自分は仕事で失敗した。


小さな失敗だった。


そして。


誰かのことを気にしたせいで、仕事に集中できなかった。


それは、神だった頃には起こらなかったことだった。


感情は、ただ心の中にあるものではない。


時には行動を変える。


判断を変える。


仕事さえ変えてしまう。


「……だから、人間は難しいのか」


アポロンは天井を見た。


けれど。


不思議と嫌ではなかった。


むしろ。


自分の中に、自分でも知らないものがある。


そのことが、少し面白かった。


「明日は、もう少し上手くできるだろうか」


そう呟いて。


アポロンは目を閉じた。

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