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神様は、明日を知らない』 ――全知全能の神が、人間になった理由――  作者: 亀


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第十五章 なくしたもの

朝。


アポロンは、いつものように目を覚ました。


顔を洗い、服を着る。


財布を確認する。


スマートフォンを手に取る。


そして、家を出た。


駅へ向かう途中。


ポケットに手を入れた。


財布。


ある。


スマートフォン。


ある。


鍵。


ある。


そこで、アポロンは少し考えた。


「……何か足りない」


立ち止まる。


もう一度、ポケットを確認する。


何度確認しても、同じだった。


財布。


スマートフォン。


鍵。


それ以外には何もない。


アポロンは首を傾げた。


何が足りないのか、思い出せない。


そのまま駅へ向かった。


仕事を終えた夕方。


アポロンは、店の前でポケットを探った。


そして、ようやく気づいた。


「……ない」


昨日まで持っていた小さなキーホルダーがなくなっていた。


特別なものではない。


数日前、美咲と買い物をしているときに見つけたものだった。


小さな金属製の飾り。


美咲が、


「これ、アポロンっぽいね」


と言ったので、買った。


値段も安かった。


それだけだった。


けれど。


今、なくなっていることに気づくと、胸の奥が妙に落ち着かなかった。


「どうした?」


健一が聞いた。


「なくした」


「何を?」


「キーホルダー」


「どんなやつだ?」


アポロンは説明した。


健一は少し考えた。


「今日、店で落としたんじゃないか?」


「分からない」


「探してみるか?」


アポロンは頷いた。


店の中を探す。


テーブルの下。


厨房。


入口。


何度も確認する。


見つからない。


アポロンは、少し黙った。


神だった頃なら。


失ったものなど、いくらでも作り直せた。


同じ形。


同じ材質。


同じ重さ。


まったく同じものを、すぐに作れる。


だから、失うということ自体に意味がなかった。


しかし。


今は違う。


「……同じものを作ることはできる」


アポロンは小さく呟いた。


健一が振り返る。


「作れるのか?」


「いや」


アポロンは首を横に振った。


「作っても、同じものではない」


健一は何も言わなかった。


仕事が終わる。


アポロンは駅までの道を戻った。


歩いた場所を一つずつ確認する。


交差点。


コンビニ。


駅前。


ベンチ。


それでも見つからない。


諦めようとしたとき。


歩道の端に、小さな金属が落ちているのが見えた。


アポロンは足を止めた。


拾い上げる。


キーホルダーだった。


「……あった」


思わず声が出た。


手のひらに乗せる。


傷が少しついている。


それでも、確かに同じものだった。


アポロンはしばらく、それを見つめた。


家に帰ると、美咲がいた。


「おかえり」


「ただいま」


「何かあった?」


アポロンはキーホルダーを見せた。


「これをなくした」


「ああ、それ」


「探していた」


「見つかったんだ」


「うん」


美咲は笑った。


「よかったね」


アポロンは頷いた。


「……嬉しい」


「そんなに大事だった?」


アポロンは少し考えた。


「分からない」


「じゃあ、どうして嬉しいの?」


アポロンはキーホルダーを見る。


「これは、君が『僕っぽい』と言ったものだから」


美咲は少し驚いた。


「覚えてたんだ」


「覚えている」


「そっか」


美咲は小さく笑った。


「じゃあ、大事にしてね」


「うん」


アポロンはキーホルダーを財布につけた。


夜。


布団に入ってからも、アポロンはそのことを考えていた。


物そのものには、それほど価値がない。


値段も高くない。


代わりもある。


けれど。


誰かと過ごした時間が重なると、ただの物ではなくなる。


失ったときに寂しくなり。


見つかったときに嬉しくなる。


アポロンは初めて、それを自分の感情として理解した。


「……人間は、不思議だ」


小さく呟く。


そして。


財布につけた小さなキーホルダーを一度だけ確認してから、目を閉じた。


明日も、きっと何かを失うかもしれない。


そして、何かを見つけるかもしれない。


そのどちらも。


まだ知らない。

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