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神様は、明日を知らない』 ――全知全能の神が、人間になった理由――  作者: 亀


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第一一七章 何も起こらない休日

翌朝。


アポロンが目を覚ますと、部屋には静かな光が差していた。


昨日の停電が嘘だったように、街はいつも通りだった。


冷蔵庫は動いている。


時計も動いている。


スマートフォンにも、特に変わった通知はない。


美咲はまだ眠っていた。


アポロンは台所に立ち、二人分の朝食を用意した。


パンを焼く。


卵を焼く。


コーヒーを淹れる。


しばらくすると、美咲が起きてきた。


「おはよう」


「おはようございます」


「今日はどうする?」


「まだ決めていません」


「そうだったね」


美咲は椅子に座った。


「じゃあ、今日は何もしない日にしようか」


「何もしない?」


「うん」


アポロンは少し考えた。


何もしない。


以前にも休日に似たことはあった。


けれど、そのときは散歩したり、本を読んだり、何かを探したりしていた。


本当に何もしない休日は、まだよく分からない。


「それで一日が終わってもいいんですか?」


「いいんじゃない?」


美咲はパンを食べながら笑った。


「休みなんだから」


午前中。


二人は家にいた。


美咲は洗濯をした。


アポロンは皿を洗った。


それが終わると、二人ともすることがなくなった。


美咲はソファに座って動画を見ている。


アポロンは窓の外を見ている。


時計だけが動いている。


十時。


十一時。


昼になった。


「お腹空いた」


美咲が言った。


「何か作りますか?」


「ううん。今日は外で食べよう」


二人は近所の店へ歩いていった。


昼食を食べる。


帰る。


午後になった。


美咲は昼寝をした。


アポロンは本を読んだ。


しばらくして、本を閉じた。


何も起きない。


誰かが困っているわけでもない。


何かを決める必要もない。


世界のどこかで異変が起きている。


そのことだけは分かっている。


アポロンは窓の外を見た。


昨日と同じ街。


車が走る。


人が歩く。


子供が公園で遊んでいる。


世界は普通に動いている。


その瞬間。


アポロンの中に、ほんの僅かな違和感が生まれた。


昨日までなら。


世界に何かが起きれば、すぐに原因まで見えていた。


今は違う。


何が起きているのか。


どこで起きているのか。


まだ分からない。


けれど。


不安にはならなかった。


知らないまま、一日を過ごしている。


それだけだった。


夕方。


美咲が目を覚ました。


「寝すぎた」


「よく眠っていました」


「何時?」


「五時です」


「もう夕方じゃん」


美咲は少し慌てたあと、笑った。


「今日は本当に何もしなかったね」


「はい」


「楽しかった?」


アポロンは考えた。


何か特別なことをしたわけではない。


新しい場所にも行っていない。


誰かと話したわけでもない。


問題も起きなかった。


それでも。


「楽しかったです」


そう答えた。


美咲は少し驚いたように彼を見る。


「そっか」


夕食を作る。


二人で食べる。


食器を片付ける。


そして夜になる。


窓の外には、昨日と同じように街の明かりが並んでいた。


アポロンはそれを見ながら思った。


神だった頃。


一日は長すぎた。


何が起きるか分かっていたからだ。


今は違う。


何も起きない一日でさえ。


終わってみなければ、それがどんな一日だったのか分からない。


その夜。


アポロンは眠る前に、世界へ意識を向けなかった。


調べることもしなかった。


ただ、美咲の寝息を聞きながら目を閉じた。


何も起こらなかった休日。


けれど。


その何もなさを、自分は確かに気に入っていた。


そして遠い場所では。


また一つだけ、古いものが動きを止めた。


今回は、誰も気づかなかった。

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