第一一六章 消えた明かり
夕食を食べ終えたころ。
部屋の明かりが、一度だけ瞬いた。
「ん?」
美咲が顔を上げる。
もう一度、明かりが瞬く。
そして。
消えた。
部屋が暗くなる。
「停電?」
「そのようです」
窓の外を見る。
向かいの建物も暗い。
道路の街灯も消えている。
遠くの信号だけが、赤く点滅していた。
「珍しいね」
美咲がスマートフォンを取り出す。
「ちょっと待って。ニュース出てるかな」
アポロンもスマートフォンを見る。
画面には電波が表示されている。
しかし、通信が妙に遅い。
「まだ何も出てない」
「少し待ってみましょう」
二人は窓際に立った。
街が暗い。
いつもなら見えない星が、いくつか見えていた。
美咲が小さく言う。
「こういうの、ちょっと不思議だね」
「はい」
「電気がないだけなのに、街が全然違って見える」
アポロンは外を見た。
かつての自分なら。
世界中の明かりを、一瞬で戻せた。
停電の原因も。
復旧する時間も。
必要なら、原因そのものを消すこともできる。
けれど。
今は何もしない。
「怖くない?」
美咲が聞く。
「少しだけ」
「アポロンでも?」
「人間ですから」
美咲が笑った。
「そうだったね」
その言葉に、アポロンも少し笑った。
しばらくして。
遠くの建物に明かりが戻った。
一つ。
また一つ。
やがて道路の街灯も点いた。
「戻った」
美咲が言った。
「はい」
部屋の照明も戻る。
いつもの部屋。
いつもの明るさ。
それなのに。
アポロンは、何かがおかしいことに気づいていた。
ほんの一瞬。
停電が起きた瞬間。
世界の奥で、何かが揺れた。
昨日から感じていたものと同じだった。
遠い。
けれど、確かに存在している。
アポロンは目を閉じる。
今なら。
少しだけなら。
確認できる。
そう思った。
しかし、意識を広げる前に。
美咲が言った。
「ねえ」
「はい」
「明日、休みだったよね?」
「そうです」
「どこか行かない?」
アポロンは目を開けた。
「どこへ?」
「まだ決めてない」
美咲は笑った。
「明日になってから決めようよ」
アポロンは少し考えた。
世界の奥で起きていること。
明日。
その先。
本来なら、すべてを知ることができる。
けれど。
「分かりました」
そう答えた。
その夜。
アポロンは眠る前に、もう一度だけ窓の外を見た。
街はいつもの明るさに戻っている。
何も変わっていないように見える。
けれど。
世界のどこかでは。
小さな異変が積み重なっている。
それを知っているのは、今のところアポロンだけだった。
そして。
彼はまだ、それを調べなかった。
明日が来るまで。




