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神様は、明日を知らない』 ――全知全能の神が、人間になった理由――  作者: 亀


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第一一三章 朝の光

翌朝。


アポロンは、いつもより少し早く目を覚ました。


カーテンの隙間から、細い光が入っている。


まだ街は静かだった。


隣では、美咲が眠っている。


アポロンは起き上がり、窓を少し開けた。


冷たい空気が部屋に入ってくる。


昨日までなら、ただの朝だった。


けれど今日は、少しだけ違った。


空を見上げた瞬間。


アポロンは、妙な感覚を覚えた。


――何かが、遠い。


どこにあるのか分からない。


けれど確かに。


世界のどこかに、自分の知らないものがある。


以前のアポロンなら、すぐに確認していた。


世界のどこで何が起きているのか。


誰が何を考えているのか。


明日の天気も、十年後の出来事も。


すべて知ることができた。


しかし今は、人間として生きている。


だから。


見なかった。


アポロンは窓を閉めた。


「……おはよう」


後ろから声がした。


美咲が目をこすりながら起きていた。


「おはようございます」


「早いね」


「少し目が覚めました」


「パン、ないんだった」


「そうですね」


二人で顔を見合わせる。


そして、美咲が笑った。


「買いに行こうか」


「はい」


外へ出る。


朝の街には、まだ眠そうな人が多かった。


新聞を取りに出てくる人。


犬を散歩させる人。


急いで駅へ向かう人。


コンビニの前で、店員が商品を並べている。


アポロンは、その一つ一つを見ながら歩いた。


昨日までと同じ街。


けれど、今日は少しだけ違って見える。


パンを買い、帰る。


朝食を食べていると、美咲が言った。


「そういえば、昨日の部品は?」


「今日届く予定です」


「ちゃんと来るかな」


「分かりません」


アポロンが答えると、美咲は少し驚いた顔をした。


「珍しいね」


「何がですか?」


「アポロンが『分からない』って言うの」


アポロンは少し考えた。


「最近は、増えました」


「いいことじゃない?」


「そうでしょうか」


「うん」


美咲はパンを一口食べた。


「分からないことがあるほうが、楽しいこともあるから」


アポロンは黙っていた。


昨日、感じた違和感を思い出す。


遠い場所にある、何か。


世界のどこかで起きている小さな変化。


それが何なのか。


今のアポロンには分からない。


そして。


不思議なことに。


少しだけ気になった。


仕事へ向かう。


午前中は忙しかった。


昼を過ぎても、部品は届かなかった。


健一が時計を見る。


「また遅れてるな」


「今日中には来るそうです」


「昨日も聞いた気がする」


佐藤が笑った。


「じゃあ、今日も待ちましょう」


「そうするしかないな」


午後三時。


ようやく配送業者が到着した。


健一が受け取りに行く。


「来たぞ」


店の奥から声が聞こえた。


アポロンも手伝いに向かう。


箱を開ける。


必要な部品が入っている。


健一が確認して、ほっとした。


「よし。これで直せる」


その日の仕事が終わるころ。


アポロンは店の外に出た。


空を見上げる。


朝と同じ空だった。


けれど。


今度は何も感じなかった。


あの感覚は消えている。


「どうしたの?」


美咲が隣に来た。


「少し、空を見ていました」


「何かある?」


「分かりません」


美咲は空を見上げた。


「何もなさそうだけど」


「そうですね」


二人はそのまま歩き出した。


アポロンは振り返らなかった。


世界のどこかで何かが起きているのかもしれない。


ただの気のせいかもしれない。


それを確かめることもできる。


それでも。


今は、美咲と歩いている。


その時間を選んだ。


空の向こう側で起きていることよりも。


目の前にある今日を、もう少し見ていたかった。

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