第一一二章 知らない待ち時間
朝。
アポロンが店に着くと、健一が入口の前で腕を組んでいた。
「まだ来ないな」
「何がですか?」
「新しい冷蔵庫の部品」
「今日届く予定でしたか?」
「ああ。午前中に来るって話だった」
健一はスマートフォンを確認した。
「まあ、もう少し待つか」
店を開ける。
午前中の営業が始まった。
客が来る。
料理を作る。
皿を運ぶ。
いつも通りに時間が過ぎていく。
しかし、部品は来なかった。
十一時。
来ない。
十二時。
まだ来ない。
「遅いな」
健一が電話をかける。
業者からの返事は、
「もう少しお待ちください」
だった。
昼の営業が終わるころになっても、届かなかった。
「今日中には来るらしい」
健一が言った。
「そうですか」
アポロンは頷いた。
神だった頃。
待つ必要などなかった。
欲しいものがあるなら、すぐに存在させればいい。
知りたいことがあるなら、答えを知ればいい。
けれど今は。
届くと言われたものを、ただ待つしかない。
午後。
店内の仕事をしながら、何度か入口を見る。
人が通る。
車が止まる。
宅配業者が別の荷物を届ける。
けれど、目的の車は来ない。
佐藤が言った。
「今日、本当に来るんですかね」
「来る予定にはなっている」
「予定か……」
佐藤は苦笑した。
夕方になった。
健一はもう一度電話をかけた。
今度は担当者が出た。
「申し訳ありません。配送の手違いで、今日中には難しいそうです」
電話を切った健一がため息をつく。
「明日の午前中だって」
「そうですか」
「まあ、仕方ない」
健一はそう言った。
アポロンは少し驚いた。
「怒らないんですか?」
「怒っても届かないからな」
「そういうものですか?」
「そういうこともある」
健一は笑った。
「明日来るなら、それでいい」
店を閉める。
帰宅すると、美咲が夕食を作っていた。
「今日は遅かったね」
「少し待っていました」
「何を?」
アポロンは今日のことを話した。
美咲は聞き終えると、
「そういう日もあるよ」
と言った。
「待っても来ないと、どうしますか?」
「明日また待つ」
「同じですね」
「そうかも」
夕食を食べる。
そのあと、美咲が冷蔵庫を開けた。
「明日の朝、パンがない」
「買いに行きますか?」
「うん。でも、もう遅いから明日にしよう」
「分かりました」
アポロンは時計を見た。
今からなら買いに行ける。
自分なら、すぐに用意できる。
それでも、美咲は明日にすると決めた。
「どうして今買わないんですか?」
「今日はもう疲れたから」
「そうですか」
それだけだった。
何でもすぐに済ませればいいわけではない。
待つこと。
後回しにすること。
明日に残すこと。
それも、人間の生活には含まれている。
夜。
布団に入る前、アポロンは明日の予定を確認した。
仕事。
冷蔵庫の部品。
朝のパン。
どれも、まだ起きていない。
アポロンはスマートフォンを置いた。
明日になれば分かる。
そのまま目を閉じた。
今は、まだ知らない。
それでよかった。




