第一一一章 知らない手伝い
朝。
店に着くと、健一が入口の前で段ボール箱を抱えていた。
「アポロン、悪い。ちょっと手伝ってくれ」
「何ですか?」
「倉庫の整理。昨日、仕入れが多かったからな」
「分かりました」
店の裏にある小さな倉庫へ入る。
段ボールがいくつも積まれていた。
「これ、どこに置きますか?」
「奥の棚」
アポロンは箱を持ち上げた。
そのとき。
「待って!」
健一が声を上げた。
アポロンが止まる。
「その箱、下に置いてくれ。上の棚はもう危ない」
見ると、棚の一番上に置かれた箱が少し傾いていた。
「落ちそうです」
「そう。だから先に下ろそう」
健一が脚立を持ってくる。
「俺がやる」
「私ができます」
「いや、二人でやったほうが安全だ」
アポロンは一瞬、健一を見た。
神である自分なら、手を伸ばすだけで箱を動かせる。
脚立も必要ない。
しかし。
「分かりました」
健一が脚立に上る。
アポロンは下で支える。
箱を一つずつ下ろす。
最後の箱を取ったとき、棚が少し揺れた。
「危ない!」
アポロンが脚立を押さえる。
健一がすぐに降りる。
「助かった」
「大丈夫ですか?」
「ああ」
二人で棚を見る。
古い木製の棚だった。
「これ、もう限界だな」
健一が言った。
「新しい棚にしますか?」
「そうだな。今日中に買ってくるか」
午前中の予定が少し変わった。
倉庫を整理し、新しい棚を探すことになった。
昼の営業が終わったあと、健一とアポロンは近くの店へ向かった。
いくつか棚を見る。
「これなら入るな」
「でも、少し高いです」
「そうなんだよな」
健一は別の商品を見る。
「こっちは安いけど、重いものを置けない」
アポロンは二つの商品を見比べた。
「長く使うなら、こちらのほうがいいと思います」
「俺もそう思う」
結局、少し高いほうを買った。
店に戻り、組み立てる。
佐藤も加わった。
三人で説明書を見る。
「これ、向き逆じゃないですか?」
佐藤が言った。
健一が止まる。
「……本当だ」
一度外して、組み直す。
今度はうまくいった。
夕方。
新しい棚が完成した。
古い棚を外へ運び出す。
倉庫が少し広くなった。
「きれいになったな」
健一が言った。
「はい」
「一人だったら、たぶん今日やらなかったな」
「どうしてですか?」
「面倒だから」
健一は笑った。
アポロンも少し笑った。
仕事を終えて帰宅すると、美咲が玄関に座っていた。
「どうしたんですか?」
「靴箱の扉が閉まらなくなった」
見ると、扉が少しずれている。
「直せますか?」
アポロンは扉を確認した。
「できます」
工具を持ってくる。
ネジを少し緩め、位置を調整する。
今度はきちんと閉まった。
「すごい」
美咲が言った。
「そんなに難しくありません」
「でも、私はできないから助かった」
アポロンは扉をもう一度確認した。
今日だけで、何度も誰かと一緒に何かを直した。
一人でなら、もっと早くできたこともある。
けれど。
人間の生活では、早さだけが必要なのではない。
誰かに手伝ってもらう。
誰かを手伝う。
それによって、一人ではなかったことを知る。
夕食のあと。
美咲が言った。
「今日はありがとう」
「何についてですか?」
「靴箱」
「それだけですか?」
「うん。それだけ」
アポロンは少し考えた。
それだけのことで、人は誰かに感謝する。
大きなことではない。
世界を救うことでもない。
ただ、閉まらなかった扉が閉まるようになった。
それだけだった。
けれど、その夜。
美咲は何度も靴箱を見ていた。
そして満足そうに、
「よかった」
と呟いた。
アポロンはその声を聞きながら、静かに照明を消した。




