俺、飯を忘れられる。
小さな寝息。
白いふわふわが上下に動く。
ガチャ。
春輝のサークルの扉が開いた。
柔らかいタオルに丸まっていた春輝は、そっと顔を上げた。
『なんだ?』
半開きの目でキョロキョロと周りを確認する。
『おお、ママか……』
テクテクとママのところへ歩く。
ママの優しい手が春輝をそっと持ち上げた。
覗き込むように春輝を観察する。
じっくりと。
『な、なんだよ』
自然とふわふわの尻尾が両足の間に入った。
ママは小さく息を吐いた。
「……考え過ぎね」
ママはそう呟くと、春輝をそっとサークルに戻した。
『どうせならリビング散策させてくんねえか?』
春輝はサークルに足をかけてパタパタと手を振った。
ママはふふっと笑うと春輝の頭を撫でてリビングを出て行った。
『なんだったんだ……?』
春輝は頭を足でカシカシと掻いた後、タオルの上に戻っていった。
「ハルちゃん!おはよ〜!」
ビクッと動く白くふわふわな毛。
『朝から脅かすな!』
「陽菜、今日から小学校だからね」
サークルの上から身を乗り出して、春輝の頭を撫でる。
春輝は目を細めて、ふわふわの尻尾を揺らした。
「陽菜いないけど、泣かないでね」
『泣かねえよ!俺は人間だぞ!』
「陽菜ちゃん、そろそろ行くわよ」
優しそうなママの声。
陽菜はくるりとソファに駆けていき、置かれたランドセルを背負った。
まだ陽菜の体には、大きなランドセル。
その後ろ姿を春輝は見守っていた。
「いってきま〜す!」
パタン。
扉が閉まった。
春輝はいつものように柔らかいタオルに戻ろうとして足を止めた。
『あれ?俺、朝ごはん食べてなくね?』
目を閉じて思い出す。
そして、ハッと目を開ける。
『やっぱ食べてないぞ!』
春輝はサークルの中をウロウロと歩き回った。
『いや、ママが帰ってきてからかもしれんな』
テクテクとタオルの上に座り、やけに良い姿勢でママの帰りを待つのだった。
『……遅い!遅すぎるだろ!』
春輝はカギに手を伸ばし、ドンっと体当たりした。
カチャッ。
鍵が開いた。
窓に一直線に駆けていく。
いつもの犬の散歩仲間の集まりが外にいた。
数頭の犬達が飼い主のそばで雑談している。
その集まりにママはいた。
何か楽しそうに笑っている。
『おいおい、お喋りより飯食わしてくれよ……』
春輝は力なくダラリと項垂れた。
窓からは春らしい柔らかい日差しがそそいでいた。
子犬の春輝は、光を浴びながらウトウトと目を細めると、そのまま夢の中に落ちていった。
カラ、カラ、カラン。
ドライフードが器に当たる音。
春輝の耳はピンッと立ち上がった。
『……この音は!』
ピシッと立ち上がると、タッタッとサークルまで駆けていく。
タオルの上でおすわりの体勢で胸を張る。
涎が溢れないように何度も舌で舐めとり飲み込む。
「ハルちゃん、遅くなってごめんね」
『本当にな!』
文句を言いながらも器から目が離せない。
「じゃあハルちゃん、待て」
『遅れたくせに、さらに待たせんのかよ!』
春輝は後ろに数步さがり、改めて胸を張った。
器とママの目を交互に見る。
「よし」
『うおぉぉっ!今日のもうまいなあ!』
器に顔を突っ込み、大きく尻尾を振る。
ママは春輝の様子を見てクスッと笑うと、器に一枚小さいクッキーを置いた。
『え?まじ?いいの?食っちゃうよ?』
春輝は上を向いて、食べる姿をママに見せつけた。
目を細めてクッキーを味わう子犬をママはカメラに納めた。
「この子が人間なわけないわよね」
ママは笑いながら呟いた。
春輝は、クッキーとご飯に夢中で何も聞こえていなかった。




