俺、犬に笑われる。
柔らかいオルゴールのBGMが響く待合室。
観葉植物が春輝の砕かれた心を癒す。
わけも無く、キャリーケースの奥で小さいポメラニアンは丸まっていた。
『……何も聞きたくない』
「ねえ?人間さん、注射どうだったの?」
口端を上げながらピンクのTシャツを着こなす柴犬はケースの中を覗き込む。
『うるせえ!』
『あ、あれは……出かける前にトイレ行けなかったからで……』
「ああそう」
柴犬は細い目で春輝を見つめた。
『疑ってんだろ!』
「じゃあ次はちゃんとトイレに行くことね」
『そりゃあ次は……ってどういう意味だよ』
「あんた何も分かってないのね」
柴犬の口から小さく息が漏れた。
ほんのりとささみジャーキーの匂いがした。
「オスイヌはやらなきゃいけない儀式があんのよ」
『儀式……?』
「そのくらいでやめとけ、マロン」
やけにハスキーな声が柴犬を制する。
「チビがまた漏らしちまうだろ」
再び、犬たちから起こる笑い声。
ハスキーな声のトイプードルはテクテクと去って行った。
「ん、まあそれもそうね」
『なんだよ……すげー感じ悪いぞ』
「じゃあまたね。ハ・ル・ちゃ・ん」
『俺は、春輝だぁぁ!』
可愛い子犬の声が待合室に響く。
ふわりとキャリーケースが浮き上がり、動物病院を後にした。
カラン。
ドアベルの音が後ろから聞こえた。
「ハルちゃん、がんばったね!」
『ああ。まあな』
「疲れたでしょうからお家に帰りましょうね」
優しいママの声。
車はガタガタと帰り道を進む。
その揺れは、子犬の春輝を深い夢の中に連れて行った。
頭の中を響く太鼓の音。
揺らめく白い紙。
炎。
『……なんだこれ』
ドンドン……ドドンドドン
太鼓の音が大きくなる。
『夢……なのか?』
暗闇の中から大きな体温計が春輝に迫る。
尻に目がけて飛んでくる。
『うわああぁぁぁ』
手足を動かし逃げ回るが、前に進めない。
『もう、だめだぁ!』
カシャカシャカシャ。
カメラの連写音。
ハッと目を覚ます春輝。
『……夢か』
「ハルちゃん起きたぁ!」
『毎回連写やめてくんねえか?』
「ママ〜!ハルちゃん寝ながら走ってたよ」
「楽しい夢でも見てたのかしら?」
『……』
春輝は何も言わずにキャリーケースから出て、リビングを歩く。
ソファの上に薄い紫色のランドセルが目に入った。
『……陽菜は小学生になるのか?』
「ハルちゃん、それ陽菜のランドセル!」
『そりゃ陽菜以外いないだろ……』
春輝はランドセルに向かってテクテクと近づいて行く。
新品の革の香り。
『すげえな。フチまで色変えてんじゃん』
ランドセルの観察をしていると、陽菜がぺたんと後ろで座り込んだ。
「……お友達できるかなあ」
少しだけ元気のない不安気な声。
陽菜から小さい息が漏れた。
『できるに決まってんだろ』
春輝はチラリと陽菜の顔を見ると、くるりと向きを変えた。
陽菜の足に手を置いて可愛い声で鳴いた。
『陽菜なら大丈夫だ!』
陽菜はにこりと笑い春輝の頭を撫でた。




