俺、注射される。
観葉植物が緊張を和らげる。
動物病院の待合室。
うっすらと消毒液の匂いが広がっていた。
キャリーケースの扉が開かれる。
『あんま出たくないかも』
春輝のやる気は完全にどっかに行っていた。
「ハルちゃん!大丈夫だよ」
『陽菜!あの犬にこっち見んなって言ってくれ』
「あの犬って私のことかしら?」
『は?』
春輝が恐る恐るキャリーケースから顔を出すと、茶色い柴犬がこっちを見ている。
飼い主とお揃いのピンクのTシャツを着ていた。
『い、犬が喋ってる!?』
「何言ってんの?当たり前でしょ」
『もしかしてお前も人間なのか?』
「あ、何?勘違いしちゃってる子?」
「たまにいるのよね」
クスクスと犬たちから失笑が漏れる。
なんだか嫌な空気。
『いや、本当なんだって!』
薄茶色のトイプードルがテクテク近づいてくる。
「おい、ガキ。つまんねぇ冗談はそこまでにしとけ」
やけに低くてハスキーな声。
春輝はビクッと震え、キャリーケースの最奥に走り込んだ。
『犬怖ぇんだけど!』
陽菜の手がキャリーケースの中に入ってくる。
春輝をそっと掴み上げ、膝の上に乗せて落ち着けるように体を撫でた。
「ハルちゃん、大丈夫だよ!お注射怖くないからね」
『ん?ああ。』
「ちゅ、ちゅうしゃ!?」
「まじかよ!」
犬たちから口々に声が上がる。
「アンタ!……怖くないの?」
ピンクの柴犬が様子を伺うように耳を下げた。
『俺は人間だぞ!怖いわけねえだろ!』
「そ、そう……」
柴犬はそれ以上何も言わなかった。
目も合わせようとすらしなかった。
「叶内 ハルちゃん、中へどうぞ」
春輝の順番がやってきた。
陽菜に抱っこされたまま、診察室へ向かう。
春輝はごくりと小さく喉を鳴らした。
消毒液の匂いが少しだけ濃くなっていく。
黒い滑り止めがついた台に乗せられた。
「ハルちゃん、こんにちは」
パーマをかけたタレ目な男が春輝の顔を覗き込む。
『先生!しっかり診てくれよ』
「可愛いポメちゃんですね」
『ポメ?俺はハルちゃんだが』
「お熱測ろうね」
『……熱ってどうやって測るんだ?脇?』
春輝のふさふさの尻尾をグッと掴み上げると尻に体温計を躊躇いなく入れる。
目を見開き、声も出ない春輝。
手足がプルプルと震えた。
「お熱も大丈夫だね」
「ハルちゃんのお熱はお尻で測るんだ!」
『……や、めろ』
「そうだよ。でも危ないから真似しないでね」
「は〜い」
『……本当にすんじゃねえぞ!』
「じゃ、お注射していきますね」
先生は春輝の首のお肉をグッと掴む。
今までにない触り方に春輝は動揺した。
『えっ、えっ、何してんの!?』
慌てて手足をパタパタと動かすが、先生は全く動じない。
チクッ。
『あ。』
水の音。
ゆっくりと広がっていき、テーブルの下にポタポタと落ちていく。
「あ!ハルちゃんおしっこしちゃった!」
「怖かったかな?もう終わったよ」
『……違う!俺、我慢してただけで……』
今日も春輝は天井を見上げ小さく震えた。
扉の向こうでは犬たちの笑い声が響いていた。




