俺、病院にいく。
ドライフードの肉の滴るような脂の香り。
カラカラと器に当たる音。
ごくりと何度も喉が鳴る。
春輝は今日も涎を垂らして耐えていた。
「っよし!」
『うぉぉぉ!やっぱ、うまいなこれ!』
白いふんわりとした尻尾が揺れる。
空になった器を恋しそうに何度も舐めた。
『このフチにまだ残ってそうなんだよな』
舐めながら聞き耳を立てた。
ママの優しそうな声が聞こえる。
「今日はハルちゃんの病院に行きましょうね」
「ハルちゃん病気なの?」
「まだ子犬だから混合ワクチンっていう病気を塞ぐお薬をお注射するのよ」
「お注射……痛そう」
「一緒に応援してあげようね」
「うん!」
『病院か……まだ行ったことなかったな』
ひっくり返した器から離れてブルブルと体を奮う。
白い毛がふんわりと広がった。
『今後のためにも行っとくか』
春輝はやる気だった。
しばらくして、サークルの前にキャリーケースが置かれた。
「ハルちゃんこのお部屋に入れる?」
『任せろ!俺は人間だぞ』
カチャカチャと扉が開く。
颯爽と中に入ろうとするが、覗くとやけに暗い。
春輝は匂いをクンクンと嗅ぎ、安全を確かめる。
『ま、まあ普通の入れ物だな』
恐る恐る中に入っていった。
ふわふわの尻尾も両足の中に入り込んでいた。
「ハルちゃん偉いね!」
『当たり前だろ!優しく運べよ!』
陽菜は、小さい扉から何度も覗き、春輝の様子を確認していた。
『陽菜は心配性だな。仕方ねえな』
春輝は扉の隙間から陽菜に向かってペロペロと舐めて見せた。
陽菜は安心したように笑った。
「陽菜ちゃん、車でちょっとかかるからおトイレ行ってね」
『えっ?まじ?』
「は〜い」
『おい!開けろ!』
春輝は扉をカリカリと爪で引っ掻いた。
しかし、誰にも気づかれなかった。
『開けてくれー!』
可愛い子犬の声にママは癒されていた。
動物病院へ向かう車。
後部座席の下。
キャリーケースの中に春輝はいた。
ガタガタ。
やけに揺れる。
薄暗い。
春輝は丸くなり眠っていた。
誰にも邪魔されることもなく快適だった。
そして、車が止まる。
「陽菜ちゃん、着いたよ。起きて」
『陽菜、静かだと思ったらお前も寝てたんかい』
「ん……」
しばらくぼーっとする陽菜。
ハッとしたように声をあげる。
「ハルちゃん着いたよ!怖くないからね!」
『別に怖くねえよ。俺は人間だぞ!』
ママはクスッと笑い車の扉を開けた。
「陽菜ちゃん、行こうか」
「うん!」
春輝の入ったキャリーケースもふわりと持ち上がる。
小さな扉から外の様子を伺う。
『お、割と綺麗じゃん』
ママが病院の扉を引く。
ドアについたベルが音を立てた。
カラン。
一斉に犬たちが春輝を見た。
その目は鋭く輝いていた。
……そう春輝には見えていた。
キャリーケースの中で白くて小さい毛玉は、さらにきゅっと丸まった。
『犬がすげー見てくる……』
小さい声で呟いた。




