俺、特訓する。
薄暗いリビングに響く小さな寝息。
お気に入りの窓の下で、白いふわふわは上下に動く。
柔らかいタオルに包まれ、春輝は夢の中にいた。
トン、トン。
階段を降りてくる足音。
春輝の耳がピクリと動く。
『ん?ママか?』
『……まだ早くねえか?』
扉が開く。
陽菜とママがリビングに顔を出した。
ママはジャージを着ていた。
『なんだ?イメチェンか?』
「ママ〜、ハルちゃんも一緒にいい?」
『ん?俺か?』
「いいわよ。一緒に行こうかハルちゃん」
『おっ!散歩か!行こうぜ』
春輝はスクッと立ち上がると玄関に向かい、リードを咥えて陽菜に渡した。
カチッ。
準備完了の音。
「ハルちゃん、よろしくね」
『ん?ああ任せろ!』
春輝はよく分からないまま、ふんわりと胸を張った。
いつもより早い朝。
少し湿気混じりの澄んだ空気。
『早朝の散歩ってのも良いもんだな』
春輝は大きく息を吸い、体をブルブルと震わせた。
「それじゃあ、陽菜ちゃん。腕を大きく振ってみて」
「うん」
陽菜はその場に立ち、腕を左右に大きく振る。
「一度、走ってみようか」
「……う、うん」
『これ、運動会の練習か!』
『陽菜は、かけっこが苦手だったっけ?』
春輝は、ママの隣にちょこんと座り陽菜の走りを見守る。
「よぉーい、ドン!」
ママの掛け声と一緒に走り出す陽菜。
決して早いとは言えなかった。
陽菜は、少しの距離でも息が上げていた。
『まっ体力作りからってとこだな』
春輝は冷静に分析していた。
「陽菜ちゃん、足をもっと上に上げてみたらどうかしら?」
『たぶん、そんな段階じゃねえぞ』
徐々に俯く陽菜にママは少し焦り出す。
「次は、ママが走ってみるわね!」
「うん!ママのお手本にするね!」
スタート地点に立つママ。
「ママいくよ!よぉ〜い、ドン!」
一生懸命、走るママ。
陽菜と同じ走り方だった。
春輝はそっと空を見上げた。
見ていられなかった。
『陽菜はママ似か……』
晴天の空には、柔らかそうな雲がゆっくりと流れていた。
その後もママと陽菜のかけっこの練習は続く。
春輝は目を細めながら大きくあくびをした。
『そろそろ俺がレッスンしてやるか!』
春輝は立ち上がる。
リードの持ち手を咥えると陽菜に差し出した。
「ハルちゃん?お散歩したくなっちゃった?」
「じゃあ、最後にお散歩して終わりにしようか」
陽菜がリードをギュッと握る。
春輝はくるりと回った。
『よっし!陽菜ついて来いよ!』
グイグイと引っ張り走り出す春輝。
「は、ハルちゃん!?」
陽菜は引かれるように走り出す。
「待ってよぉ〜」
『そんな走りじゃ箱根は越えられねえぞ!』
春輝はスパルタだった。
二人の様子を優しく見守っていたママは、そっとスマホを取り出した。
⦅犬 しつけ教室⦆
「やっぱり、必要、かしらっ……」
ママの呼吸はなかなか落ち着かなかった。




