俺、抜糸する。
カラン。
もう聞き慣れたドアベルの音。
待合室には犬達と飼い主が並ぶ。
「はあ……注射やだなぁ」
「えっまじ?」
「可哀想……だけど、私も注射よ……」
今日も犬達のお喋りは続いていた。
春輝はドヤ顔で犬達の会話の輪に入った。
『お前ら!俺なんて去勢したんだぜ!今日は抜糸すんだ』
「キョセイ?何だそれ」
『げんきだ……いや、玉取ったんだよ!』
「ああオスの儀式のことか?」
「俺たちは契り(ちぎり)って呼んでるけど」
『ちぎり……千切りと掛けてんのか?犬のくせにうまいな』
陽菜が嬉しそうに春輝を見下ろす。
「ママ〜ハルちゃんお友達いっぱいできたみたい」
「そうね。陽菜ちゃんがお散歩してくれたから慣れたのね」
『まあルウも挨拶の仕方教えてくれたからな』
ルウの上下関係レッスンのお陰で春輝はなんとかやれていた。
ルウの指導は、スパルタだった。
『あいつ間違うとすぐキレるからな』
『人間だったらマナー教師になってそうだな』
「ん?マナーきょうしって何だ?」
『ああ、気にすんな!こっちの話だ』
診察室の扉が開く。
「叶内ハルちゃん」
『おっ呼ばれたな』
春輝は立ち上がり、陽菜の足元でくるりと回った。
「ハルちゃん行くよ〜!」
陽菜はヒョイっと春輝を抱えると診察室に向かった。
黒い滑り止めがついた台の上。
くるくるパーマにタレ目の先生がママと軽くお話をする。
春輝の術後服をペリペリと脱がす。
『やっと俺の元気玉の跡地が見れる』
春輝は下から両足の間を覗き込んだ。
元気玉があった場所は、ただの空き地になっていた。
何もなかった。
『……雑草すら生えてねえ』
いざ自分の目で確認してみると少しだけショックだった。
「それでは抜糸するので、一度待合室でお待ちください。」
くるりと背中を向ける陽菜とママ。
「ハルちゃん、頑張ってね!」
陽菜は自分のことのようにグッと歯を食いしばった。
『陽菜、心配すんな!』
春輝は二人を見送る。
ふんわりとした尻尾がゆらゆらと揺れた。
「じゃあハルちゃんすぐ終わらせちゃおう」
タレ目が一段と細くなった。
看護師が春輝を万歳ポーズに保定する。
パチパチと先生が糸を切っていく。
少し皮膚が伸びる感覚。
『いて』
「ハルちゃん、我慢できて偉いな」
『こんぐらい平気だ!俺は人間だからな』
春輝はフンッと鼻を鳴らした。
「なんかこの子、よく俺にドヤ顔してくるんだよな」
「ふふっ。可愛いドヤ顔ですね」
検査室では和やかな空気が流れていた。
扉が開かれる。
陽菜は眉を下げて診察台に駆け寄った。
「ハルちゃん!大丈夫?」
『陽菜、大丈夫だぞ!安心しろよ!』
春輝は尻尾を大きく振って見せる。
ふわふわと揺れた。
「ハルちゃんがお利口だったので、すぐ終わりましたよ!」
先生が目を細め、春輝の体を撫でる。
「ママ〜ハルちゃんお利口だって!」
ママはフフッと頬を上げる。
「陽菜ちゃん、ハルちゃんが褒められると嬉しいのね」
「うん!」
ママは先生と話を続ける。
陽菜は春輝をぎゅっと抱きしめた。
「ハルちゃん、大好きだよ!」
『お、おう!』
春輝は照れ隠しをするように陽菜の頬をペロペロと舐めた。
『頬ならギリ許されるよな』
春輝は倫理観のある子犬だった。




