俺、ごはんを待つ。
シャーッ。シャーッ。
カーテンを開ける音で、春輝の耳だけがピクリと反応していた。
春輝は、柔らかいタオルの上で丸くなっていた。
『ん……ママ、早起きだな』
レースのカーテンから朝日が差し込む。
部屋の温度が少しずつ上がっていく。
トントンとリズムの良い包丁の音。
沸騰している鍋の音。
水の流れる音。
春輝は目を閉じて聞いていた。
『なんだか懐かしいな……』
ウトウトと夢の中に落ちていった。
カシャカシャカシャ。
カメラの連写音。
春輝はハッと目が覚める。
目を開けると世界が逆さまだった。
すぐに仰向けで寝ていたことに気付き、起き上がる。
「あーあ。ハルちゃん起きちゃった」
『いきなり連写はやめろ!盗撮だぞ!』
「パパみてぇ!ハルちゃん可愛く撮れたよ」
「お腹を出して寝てたのか?慣れてきたのかな?」
「ねえ?パパ……これってなに?」
無邪気に足の間を指さす陽菜。
春輝は、息が止まった。
『……やめろ』
「これは、チンチンだよ」
『……やめてくれ』
「パパこっちは?」
『……もう見ないでくれ』
「これはタマタマだね」
「そっかぁ、ハルちゃんは男の子なんだぁ!」
『……もうその写真消してくれ!』
春輝は立ち上がり、サークルに手を乗せて必死に訴える。
「ママ〜見て!ハルちゃんのお写真!」
『やめろおおぉぉ!』
「陽菜ちゃん、上手に撮れてるね」
「みんなに見せるんだぁ」
『ひいっ……!』
春輝は肩を震わせた。
涙は出なかった。
「陽菜ちゃん、ハルちゃんにご飯あげてね」
「は〜い」
『ごはん!飯だ!』
春輝は顔をあげ、目を輝かせた。
フワッとした尻尾が勝手に動き出す。
専用のドライフードは、初日こそ倦厭したが、意外にも子犬の春輝の舌に合っていた。
一日二回の楽しみになった。
カラカラと器にドライフードが転がる音がする。
香ばしい匂い。
春輝は思わずゴクリと喉を鳴らした。
「ハルちゃん、まて!」
『またかよ!』
「まだだよ〜」
真剣な表情で見つめ合う二人。
パパとママはその様子を見て微笑んでいる。
「ハルちゃん、がんばれ」
『フェイントかけんな!』
ポタッ。
ポタッ。
『あれ?俺、涎垂らして……る?』
「よしっ!」
咄嗟に動く体と口。
ご飯の器に顔を突っ込む。
『俺、俺……人間なのに!』
『飯食べるの止められない』
春輝は尻尾を激しく振りながら食べ続けた。
皿の上のフードがなくなると、器を舌で何度も舐めとる。
名残惜しむように。
『俺、なにしてんだよ!やめたいのに!』
「ハルちゃんお腹空いてたの?」
『わからん!』
「お皿ペロペロするのはお行儀悪いんだってママが言ってたよ」
『う、うう……』
この日、春輝は心の中で泣いた。
しかし、尻尾はおかわりを求め可愛く揺れていた。




