俺、おしっこする。
身体に残るダンボールの匂い。
足元からは柔軟剤の香り。
柔らかいタオルが春輝の足元に広がっていた。
春輝はタオルの匂いを嗅ぎ、安全を確かめた。
手足でタオルの硬さを確認する。
『悪くないな』
とりあえず、座ってみる。
『あ、これ結構いいかも』
手を伸ばし、お腹をタオルにつける。
ふかふかして心地いい。
そのまま後ろ足も。
ゆっくりと横になった。
うとうと。
瞼が落ちかける。
その時、
「ハルちゃんが寝てるー!」
ビクッと体が動き、目が見開く。
『……うるせえな!』
「あっ起きたぁ!」
『お前が起こしたんだ!』
春輝はフンッと鼻を鳴らすと、巨人の女の子に背を向けた。
「ママ……ハルちゃん、陽菜のこと嫌いなのかな?」
明らかに悲しげな声が響く。
『……く、くそっ!』
春輝はくるりと向き直り、陽菜を見つめる。
陽菜は嬉しそうに頬を上げ、手を差し出した。
「ハルちゃんが来てくれたぁ」
『もう……ヤケクソだ!』
陽菜の指先をペロリと舐める。
「ママ〜!ハルちゃんが陽菜の手ペロしたよ!」
陽菜の嬉しそうな声に春輝は胸を撫で下ろした。
「陽菜ちゃん、ちゃんと手を洗うのよ!」
優しそうなママの声。
しかし、内容は春輝を軽く傷つけた。
『そうだろうけど、腹立つな!』
陽菜はそれでも春輝の背中を優しく撫でる。
そして満面の笑みで言った。
「ハルちゃん、だいすき!」
『!』
春輝は少しだけこの転生悪くないかもと思った。
そう思ったのも束の間。
春輝はモゾモゾと悶えていた。
生理現象と戦っていた。
目の前には陽菜がずっと嬉しそうに見つめていた。
『トイレ行きたいんだけど……』
キョロキョロと周りを見渡すが、当然ながら見知ったあの形のトイレがあるわけない。
あったのは青いシート。
『たぶんコレだ……でも、お、俺は人間だぞ』
ウロウロとシートの上で迷い続ける。
しかし、子犬の体は残酷だった。
『あっ』
勝手に出た。
大量に。
水の音が止まらない。
止められない。
『そ、そんな……俺、俺は……』
春輝は打ちひしがれていた。
天井を見上げ、目を細め小さく震えた。
横目にチラリと陽菜の確認する。
陽菜は目を輝かせて春輝を見下ろしていた。
「ママ〜ハルちゃんがおしっこしてるよ〜!」
『やめてくれ……』
「いっぱい出てる〜」
「陽菜ちゃん、汚いから触っちゃだめよ」
『そうだよ!……汚ねえよ俺は!』
水の音が止まると、春輝はそっと柔らかいタオルの上に座った。
シートからはホカホカと湯気が上る。
……そんな風に見えた。
「ハルちゃんのおトイレ綺麗にするからね」
ママと一緒に新しいシートに変える陽菜を見て、春輝は考えを改めた。
『……やっぱり、子犬に転生は最悪だあああ』
春輝は精一杯の力を込めて叫んだ。
「ママ!ハルちゃんがありがとうだって!」
「陽菜ちゃんのことが大好きなのね」
「えへへ」
春輝の気持ちは誰にも届かなかった。




