俺、ハルちゃん。
青々とした木々の隙間から光がさす。
心地よい風が通る病院の中庭。
鮮やかな花壇。
横に並ぶベンチ。
栗色の髪が風に揺れる。
一條春輝は、ベンチに座り人を待っていた。
「ハルちゃん!」
手を振る車椅子に乗る女性。
くるりと巻かれた白い髪に紫色のニット帽。
ピンク色のブランケットがふんわりと揺れた。
後ろで微笑みながらお手伝いさんが車椅子を押す。
「ばあちゃん、佳代さん、こっち」
春輝は軽く手を挙げた。
「ハルちゃん、大きくなったわね」
「本当よね。前までこんなにちっちゃかったのに」
お手伝いの佳代が手を胸に当て、目を細める。
「佳代さん……いつの話?俺、もう二十一だよ?」
「あら、そうでした!」
その時、強めの風が中庭を走り抜けた。
「あっ!」
小さな子供の声。
春輝はくるりと振り返った。
目の前に白い帽子が転がってきた。
風で飛ばされたのだろう。
春輝は、帽子をさっと拾い上げ女の子の元に駆け寄った。
長い髪を二つに結んだ小さな女の子。
下を向き俯いている。
「君の帽子?」
春輝は膝を折り、女の子の顔を見た。
「どうぞ」
白い帽子を女の子の手に渡す。
女の子はちらりと春輝を見るとすぐに帽子で顔を隠した。
「ハルちゃん、お茶にしましょう」
「うん。今行く」
春輝は女の子に微笑み、口を開いた。
「じゃあね」
立ち上がり、祖母のもとへ駆けていく春輝。
その後ろ姿を見つめる大きな目。
白い帽子を握る小さな手に、ぎゅっと力がはいった。
「……ハルちゃん」
小さく呟いた。
──これが俺、一條春輝の最期の記憶である。
最期というか、全く覚えていない。
気づいたら俺は死んでいたらしい。
なぜそう思うかって?
……俺は今、真っ暗な部屋にいる。
やけに揺れる床。
振り回され、手足が壁にぶつかる。
こんなの現実じゃありえないだろ。
嗅いだ覚えのある匂い。
新聞紙?いや、ダンボールだ。
大学の引越しで散々嗅いだ匂い。
体が軽い。軽すぎる。
これ、絶対……俺、転生してる。
問題は何に転生したか、だ。
異世界か、勇者か?
最悪、農民でもいい!
部屋の揺れが収まる。
天井が開き、強い光が差し込む。
眩しい。
目が開かない。
何か大きなものが落ちてくる。
逃げようと手足をバタつかせるが、両脇に何かを差し込まれ逃げられない。
体がフワッと宙に浮いた。
そっと目を開ける。
大きな人間。
巨人の女の子だった。
驚き、体が縮こまる。
動けない。
体を好き勝手に撫でるように触られた。
『おい!勝手にさわんな!』
春輝の訴えは虚しくも届かない。
「お名前は決めたの?」
頭上から低い大きな声。
『うるさいな、音量落とせ!』
「えっとね、ハルちゃん!」
その瞬間、
ぞくりと背筋が冷えた。
俺の名前。
生きてた時の愛称。
『は?』
春輝はハッと女の子を見つめた。
「ハルちゃんもお名前気に入ったってぇ!」
この子。
最期に病院で出会った帽子の……
グッと頭を押し込まれるような痛み。
何かを忘れているような。
気持ち悪い感覚。
カシャカシャカシャ。
連写するようなシャッター音。
ビクッと体が動いた。
「ハルちゃん!可愛く撮れたよ」
巨人の女の子がデカいスマホを見せる。
そこに写っていたのは……可愛いワンちゃんだった。
俺……子犬に転生してんじゃん。
人間ですらなかった。
春輝は天井を見上げて目を細めた。
目はウルウルと涙ぐんだ。
「ママ〜ハルちゃんのお写真みてぇ」
パタパタと走り回る音が広すぎる部屋に響いていた。




