俺、取られる。
ゆらゆらと揺られるキャリーケースの中。
春輝は全てを諦めていた。
今出来ることは、元気玉との対話だけだった。
春輝は両足を広げて、二つの袋と対話を続けた。
「叶内ハルちゃんっと」
キャリーケースがふわりと持ち上がり、奥の部屋に運ばれる。
そこは銀色の檻が並んでいた。
消毒液の匂い。
「痛えな……ヤクが切れやがった」
「家に帰してよー!!」
「朝飯は食べたかのぉ?」
犬達の声が春輝を動揺させる。
『なんだよ、ここ』
キィィ。
金属の嫌な音。
「ハルちゃんはここだよ」
キャリーケースから引っ張り出され、銀色の檻に入れられる。
ガシャン。
春輝は恐る恐る檻の中から外を覗く。
忙しなく歩き回る人の足。
「叶内ハルちゃんは去勢手術ですね」
聞き覚えのある声。
見知った顔が檻の中を覗き込む。
パーマをかけたタレ目の男。
『先生!俺……信じてるからな!頼むぞ!』
春輝は全てを託していた。
「元気そうだし、お昼から手術しようか」
先生は看護師に軽く伝えると診察室に戻って行った。
『お昼……』
チラリと時計を見る。
まだ十時前だった。
『あと二時間……』
春輝は座り込み対話を再開した。
しかし、無情にも子犬の体力は慣れない場所で消耗していく。
ウトウトと瞼は下がり、夢の中に落ちて行ったのだった。
「次は、叶内ハルちゃん!」
ビクッと体が飛び上がり、春輝は目を覚ました。
金属の音と共に、体が宙に浮く。
春輝は抵抗せずに大きな手に身を任せていた。
前とは違う台の上でオペ着を身につけた先生が目を細める。
「ハルちゃん、大丈夫だよ」
首にチクッとした痛みを感じた後、春輝の瞼がゆっくりと落ちていく。
春輝は薄目で、やたら明るい照明を見つめていた。
『ま、眩しい……あれ?これどこかで……』
気がつけば、また夢の中に落ちていた。
ドン、ドン。
太鼓の音。
ドン、ドドドン。
『またこれかよ』
春輝は違和感に気付く。
視線がやたら高い位置にある。
両手を見る。
五本の指。人間の手のひら。
『俺、人間に戻ってる!?』
『やったぁぁ!』
ドン。
ドン、ドドン。
嫌な予感。
春輝は、ゆっくりと後ろを振り返る。
メスが何本も宙に浮いていた。
くるりと向きを変える。
春輝の股間に向かい、一斉に飛んでくる。
『うわぁぁぁ!取らないでぇ!』
全力で走り、逃げ惑う春輝。
しかし、行き止まりに追い込まれる。
メスが合体していく。
一つに吸収され、巨大なメスになった。
地面が大きくひび割れる。
地下からはパーマでタレ目な先生が現れ、ニコリと笑う。
春輝の頬をホロリと涙が流れた。
『先生……優しくしてね……』
春輝の消えそうな声と共に太鼓の音も消えて行った。




