俺、悩む。
公園から家に向かう帰り道。
春輝は陽菜の後ろをトボトボとついて歩いた。
オレンジ色に染まった空は、二人の影も長く伸ばしていく。
『俺、もう人間に戻れねえ……』
春輝は項垂れて、陽菜を見上げた。
夕日に照らされた幼い横顔。
陽菜のツインテールが風になびく。
春輝の目が少しだけ見開いた。
『……今日の晩飯なにかな』
ママが待つ家までは、あと少し。
春輝は少しだけ歩く速度を上げた。
「ただいまー!」
陽菜は元気いっぱいに玄関から声を上げた。
「陽菜ちゃん、お帰りなさい」
優しいママの声。
「ママ!公園でお友達に会ったの!」
「あら。よかったわね」
「ハルちゃん可愛いって!」
陽菜は嬉しそうにママにくっついて話を続ける。
「それでね!」
「陽菜ちゃん、お外から帰ったら……」
「あっ!手を洗う!」
陽菜はパタパタと駆けていった。
「ハルちゃんもお帰りなさい」
ママは優しく言うと、ご飯の器をサークルの中に置いた。
『お!さすがママ!気が利くな』
春輝は急いでサークルの中に飛び込んでいった。
『うめえ!』
春輝は、嬉ションのことなどすっかり忘れ、食器に顔を突っ込んでいた。
ふんわりとした尻尾は大きく揺れていた。
その日の夜。
柔らかいタオルで丸まる白い毛玉。
春輝は夢の中にいた。
静かに扉を開く音。
春輝の耳がピクピクと動く。
「ハルちゃん……」
名前を呼ばれて顔を上げると、キョロキョロと見回した。
『なんだ……ママか』
『こんな時間にどうしたんだ?』
ママは何も言わずに、春輝のふわふわの体を優しく撫でた。
春輝の後ろ足がピンッと伸びる。
『ママ……腹も頼むわ!』
勢いよくひっくり返りると、ツルツルのお腹を見せた。
ママはクスッと笑うと、お腹を掻くように撫でていく。
「……ハルちゃん、ごめんね」
『なにがだ?』
春輝は不思議そうに首を傾げる。
ママはもう少しだけ春輝の体を撫でると、そっと寝室に戻っていった。
春輝は股を広げたまま、閉まる扉をそっと見つめた。
『なんだったんだ?』
空が白くなり、光が窓に差し込む。
薄暗い部屋の中で腹を出して眠っていた春輝は、何となく目が覚めた。
サークルの鍵に手を伸ばし、少しずつ上に持ち上げる。
ドンッと体当たりをすると鍵が下に落ちた。
カシャ。
小さな金属の音。
春輝はリビングをテクテク歩いていた。
テーブルの下に小さいメモ。
『……ん?なんだ?』
走り書きのようなママの文字。
フレンド動物病院
○月○日
10時〜
春輝の背筋がぞくりと冷えた。
病院。
今日の日付。
そして、昨日のママの言葉。
⦅……ハルちゃん、ごめんね⦆
頭の中でぐるぐると回り続ける。
『お、俺のタマが……やばい!』
『どうする……どうしたら……』
春輝はウロウロとリビングを歩き回り考え続けた。
無情にも時は流れ、カーテンの隙間から日の光が差し込む。
階段を降りてくる音。
『俺、どうする……!』
春輝はごくりと小さな喉を動かした。




