俺、役立つ。
揺れる車の中で春輝はいつものようにウトウトと目を細めていた。
初めてのトリミングで体力を消耗した春輝は深い眠りに誘われていくのだった。
ドン、ドドドン……
太鼓の音。
ドン、ドン、ドドン。
『これ、知ってるぞ』
『……夢だろ!』
春輝は後ろを向く。
何もない暗闇。
『何も来ねえな』
首を傾げ、前を向いた。
その瞬間。
春輝を取り囲むように円状に火がついた。
『うわっ!なんだよこれ』
円の中を逃げ惑う春輝。
その火は消え、次は猛吹雪が吹き荒れる。
『助けてくれー!』
猛吹雪の先に光が見える。
『誰かー!』
笑顔の男が立っていた。
パーマをかけたタレ目な男。
春輝には見覚えがあった。
立ち止まる。
『あいつ、病院の先生……』
「ハルちゃん、去勢しようね」
『!!』
春輝は光と逆方向を向く。
暗闇からは無数のメス。
銀色でやけに輝いている。
先生とメスに挟まれた春輝は叫んだ。
『取らないでえぇぇぇ!』
「ハルちゃん、着いたわよ」
優しいママの声。
春輝はハッと目を開いた。
『また変な夢、見てたんだ……』
「ハルちゃん、陽菜ちゃん迎えてくるから待っててね」
春輝はキャリーケースから出されると、玄関にトンと置かれた。
「行ってくるわね」
パタン。
扉がしまる音。
春輝はふわふわの尻尾を足の間に入れた。
『別に寂しくねえ!』
玄関の前でそっとおすわりして、ママと陽菜の帰りを待つのだった。
足音が聞こえる。
陽菜の声。
ふんわりとした尻尾がふりふりと大きく動いた。
ガチャ。
扉が開く。
『陽菜!おかえり』
「ハルちゃん!かわいい!」
「シャンプーとカットして綺麗になったのよ」
「首の可愛いね!」
『だろ?ちょっと派手だけどな』
春輝はそういうとくるりと回って見せた。
部屋に入る陽菜の後ろをテクテクと付いていく。
ソファの上にランドセルを降ろした陽菜は、春輝を抱っこした。
「ハルちゃん良い匂い」
ほっぺのふわふわに顔を埋める。
『なんか照れくさいな』
春輝は控えめに陽菜の頬をペロッと舐めた。
陽菜は春輝を抱きしめたまま内緒話をするように小さい声で話し出す。
「ハルちゃん、今日ね、ごめんねってしてもらったの」
『そうか!良かったな陽菜!』
「ハルちゃんが頑張れしてくれたから」
「陽菜頑張れたの」
『俺は何もしてねえよ』
春輝と陽菜の様子をママはクスッと笑い、優しい表情で見つめていた。
「あっそうだった……」
ママはスマホを取り出した。
⦅去勢 予約⦆
「ハルちゃんのためよね」
ママは迷いなく、予約ボタンをタップした。
春輝を抱きしめたまま、陽菜はぎゅっと少しだけ力を入れた。
「ハルちゃん、大好き!」
『俺も好きだぞ!も、もちろん家族としてな!』
春輝のふわふわの尻尾はしばらく揺れたままだった。




