俺、焦る。
ふんわりとシャンプーの香りが漂う。
ドライヤーの熱で部屋は温かくなっていた。
小さいポメラニアンはスタッフの手に顎を乗せたまま小さな寝息を立てていた。
「ハルちゃん。起きて」
春輝は、スタッフの声にハッと顔を上げる。
『お!終わったのか?』
春輝はテーブルの上でくるりと回る。
『体が軽くなった気がするぞ!』
「ハルちゃん最後に、これ付けようね」
スタッフの手には三角の布。
春輝は首を傾げた。
『なんだこの布。派手だな』
スタッフは春輝の首にくるりと回して結んだ。
『これバンダナってやつか……なんか懐かしいな』
春輝は幼少期に見ていた戦隊シリーズを思い出していた。
「可愛くなったからお写真撮ろうね」
春輝はめいっぱいに胸を張り、凛々しい顔をしてシャッターを待っていた。
そこにピッピと笛の音がなる。
『おっ!なんだ?』
カシャ。
不意打ちでシャッターが切られた。
『悪い!ちょっと気抜いちゃった』
『もう一回いいか?』
スタッフがカメラを確認し、他のスタッフにも写真を見せる。
「ねえ、これ見て?」
「可愛いー!」
『別にいいんだけどさ、個人情報って知ってるか?』
「ハルちゃんも見る?」
カメラに映っていたのは、ちょうど自分の鼻をペロリと舐める瞬間だった。
ピンク色の舌が写っている。
『いやーこれは撮り直した方がいいんじゃないか?』
「じゃあハルちゃんはお迎えまで遊んでてね」
『お迎え何時なんだ?』
「もうすぐだからね」
サークルの中にすとんと落とされる。
『色んな犬の匂いがするな』
サークルの中の匂いをクンクンと嗅いで歩くと、自動ドアからママが出てきた。
『ママ!俺カッコよくなったろ?』
「ハルちゃん、可愛くなったわね」
「ありがとうございましたー!」
ママはスタッフと話し始めた。
「そろそろアレを考えてもいいかもしれません。」
「やっぱり、そうよね」
『あれってなんだ?』
「やっぱり、男の子は去勢しないと……」
『き、き、きょ、きょせい!?』
春輝の頭の中は、この二文字がぐるぐる回る。
ほぼ同時にマロンの声が頭に響く。
"オスイヌにはやらなきゃいけない儀式があんのよ"
病院で言っていた儀式の意味にやっと気がついた。
『あいつ……この事を……』
春輝は背筋がぞくっと冷えた。
おすわりを崩し、足を広げて股のものを目視で確認した。
ぷっくりとした小さい二つの袋。
『俺、取らなくても平気だし』
『こんな小せえしさ』
春輝は必死でママに訴えた。
「それで病気が防げるのね……」
『ママ!俺、大丈夫だから!』
「へえ、ストレス軽減にも……」
『俺、全然ストレスない!』
スタッフの話を頷きながら聞いているママ。
「病院の先生にも相談してみますね」
『ママ!人権って知ってるか?』
キャリーケースに入れられた後も、春輝はママに話しかけ続けていた。
『俺、使わないからさ!』
子犬の可愛い声が今日もママを癒していた。




