俺、伝わる。
トイレの上に丸まる白いふわふわ。
春輝は今日もトイレの上で眠っていた。
『犬って風呂入りたい時どうしてんだ?』
薄目を開けて呟いた。
陽菜は朝ごはんを食べながら、心配そうにチラチラと春輝を見ていた。
コツン。
グラスに手がぶつかった。
「あっ!」
牛乳がポタポタとテーブルから零れる。
「陽菜ちゃん、大丈夫だった?」
優しいママの声。
「……ごめんなさい」
ママは零れた牛乳を布巾で拭き取ると、新しい牛乳を陽菜の前に置いた。
「ママ〜。ハルちゃんが元気なくって」
陽菜が話しながらゆっくりと俯いていく。
「どうしたら元気になるかなあ」
「そうね、ハルちゃんに聞いてみたらいいんじゃないかな」
「うん!」
陽菜は急いで朝ごはんを食べ始める。
牛乳を一気に飲み干した。
「陽菜ちゃん、おヒゲがついてるわよ」
「えっ」
ママがタオルで優しく拭き取る。
「ありがとうママ」
パタパタと春輝のサークルに駆け寄る。
身を乗り出して陽菜は手を伸ばした。
「ハルちゃん!何かやりたいことある?」
春輝は顔を上げて陽菜を見上げた。
『……風呂!』
「あんまりないのかな?」
『風呂に入りたい!あったかいやつ!』
春輝は立ち上がり大きな声で言う。
『俺、臭いから風呂行きてえ!』
陽菜は目をキラキラさせて言った。
「ママ〜!ハルちゃんお散歩行きたいって!」
『違っ!言ってねえ!』
「それじゃあ、陽菜ちゃんの学校が終わったら近くを歩いてみましょうか?」
「うん!」
『……外の犬怖えんだよ』
春輝はゴクリと喉を鳴らした。
サークルの扉が開いても春輝はトイレの上にいた。
姿勢良く胸を張って座っていた。
ママが春輝を撫でながら優しい声で囁く。
「ハルちゃん、おしっこ臭いの気にしてるのかしら?」
春輝はハッとして、ママに向かってくるりと回って見せた。
「尻尾だけお家で洗ってみようか?」
『頼む!!!』
春輝は大きな声で鳴いた。
ママは目を瞬きさせると、クスリと笑い浴室に向かった。
春輝も汚れた尻尾を大きく振って後に続いた。
浴室の扉が開く。
蛇口を捻ると温かいお湯が勢いよく流れ出す。
「ハルちゃん、怖くない?」
『これくらいなら平気だ!やってくれ!』
春輝はママに背中を向けて尻尾を差し出す。
ママは目を細めると優しい手で尻尾を包み、シャワーのお湯を当てた。
湯気と一緒におしっこの臭いが広がる。
『うわっくっせえ』
チラリとママの顔を見上げる。
ママは優しく微笑むと尻尾の毛を広げるように濡らしていった。
「ハルちゃん、大丈夫よ。いい匂いになるからね」
シャワーを止めて、犬用のシャンプーを濡らした手で泡立てる。
尻尾に泡を乗せて広げていく。
ゴシゴシと長い尻尾の毛と擦り合わせると泡の色が薄い黄色に変わる。
シャワーで泡を流し、もう一度繰り返す。
『あーこれ気持ちいいなあ』
春輝はうっとりと目を細めていた。
ママは、クスリと笑いながら泡を流していく。
浴室は、石鹸の香りに包まれた。
柔らかいタオルに包まれた春輝は、ドライヤーで尻尾と濡れた手足を乾かしていた。
ドライヤーの大きな音にも春輝はじっと耐えていた。
『こ、こんなの平気だ!俺は人間だからな!』
「ハルちゃんは、えらいわね」
ブラシで撫でるように全体を通していく。
ドライヤーが止まると、春輝の尻尾はふんわりとした白い毛に戻っていた。
『うおお!臭くないし、前よりふんわりしてる』
春輝はママの膝に手をついて、舌をペロペロして見せた。
『ママ!ありがとな』
「ふふっ。ありがとうって言ってるみたいね」
『おっ!言ってるよ俺!』
春輝はママの前でくるりと何度も回った。
子犬に転生して初めて意思疎通ができた瞬間だった。




