俺、犬に負ける。
散歩中の犬の集団に近づいていくママ。
ママに抱えられていた春輝は妙に焦っていた。
『お、おい!ママ!』
『このままじゃ俺、怖がってるみたいじゃん!』
「ハルちゃん、大丈夫よ。怖くないわよ」
ママの手が優しく春輝を撫でる。
『ちげーよ!俺、平気だから降ろしてくれ!』
「ママ!ハルちゃんのとこ陽菜も抱っこしてあげたい」
『陽菜、悪いな!……い、今だ!』
春輝は陽菜に抱かれる前に飛び降りた。
くるりと向き、犬たちの前に立つ。
『よお!マロン。久しぶりだな』
ふわふわの尻尾がぎこちなく揺れる。
ピンクのTシャツを着た柴犬のマロンは、フンッと鼻で笑った。
「あら?人間さん?」
『それやめろ!』
「あなた挨拶もできないのね」
『は?』
春輝は首を傾げながら、尻尾をフリフリと振った。
隣に立っていたジャックラッセルテリアが大きな声で言った。
「俺に挨拶しねえとは!いい度胸だな!」
『ひいっ!』
春輝は大きな声と鋭い犬歯に目を見開いた。
春輝の意志とは関係なく、子犬の体が勝手に動く。
地面に寝転び、腹を見せた。
『えっ!なんだこれ!体が勝手に……』
しょろろろ……
『あ。』
「ママ!ハルちゃんがお漏らししちゃった!」
「あらあら」
笑うママの声と、ジャックラッセルテリアの飼い主らしき人が軽く謝っている声が聞こえた。
春輝は腹を出し青空と流れる雲を見ていた。
マロンがハッハッと息を吹きかけながら笑った。
「人間さん、また出ちゃったの?」
『う、うるせえ!』
「トイレに行けばよかったのに」
『直前に行ってこのザマだよ!笑えよ!』
犬たちは春輝を囲んで笑う。
ハッハッと吐息が春輝にかけられる。
春輝は寝転んだまま、青空と犬たちを見ていた。
細めた目からは涙が滲んでいた。
陽菜が不安そうにママを見上げる。
「ママ、ハルちゃんいじわるされちゃったの?」
「ハルちゃんはまだ子犬だから怖かったのかもしれないわね」
「あっ!ハルちゃんがおしっこだらけになっちゃった!」
春輝はハッと自分の体を見ると、ふわふわの尻尾がビショビショに濡れていた。
『うわっ汚ねえ!』
「なに自分で言ってんのよ。人間さんっておかしいわね」
ハッハッと笑う声。
他の犬たちもニヤニヤと口を開く。
『くそっ今に見てろよ!』
春輝は家に向かって一人で歩き出した。
ぐいっと紐に釣られて立ち止まる。
ママが飼い主たちとお喋りしている。
陽菜は他の犬に夢中だった。
『おい!もう行くぞ!』
春輝の声は届かなかった。
春輝は地面の上でお座りし、ビショビショになった尻尾を地面に何度も叩きつけた。
『汚ねえな。早く乾けよー』
子犬の可愛い声が響いていた。
ママに抱っこされ、サークルの中に戻される。
春輝はベタついた尻尾を気にしてタオルの上ではなくトイレの上に座っていた。
『臭くなったら困るしな』
フンッと少し寂しそうに鼻を鳴らした。
「ママ〜!ハルちゃん、おトイレに座ってる」
「汚れちゃったのが嫌だったのね」
ママはスマホを操作してあるワードを検索していた。
⦅ドッグサロン⦆
「初めてでも、大丈夫かしら」
ママの指は予約ボタンをタップしていた。
クシュッ。
子犬のくしゃみ。
『早く乾けよ……くっせえし最悪だ』
春輝は何も知らずに悪態をついていた。




