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森番の娘は魔王様?!〜魔物にご飯と仕事をあげていたら、辺境村が魔王領扱いされました〜  作者: 志摩 伊純


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第42話 ミナ対策会議

第1部:辺境領と教会編

第8章:ラダーナ村の勝手な恭順


 集会小屋の戸が閉まった。


 外のざわめきが、一枚遠くなる。


 夜はまだ浅い。村の家々には細い灯りが残り、井戸の方では桶を片づける音がしていた。畑から戻る者の足音も、道の向こうでかすかに続いている。


 けれど、集会小屋の中だけは、もう夜が深いように静かだった。


 低い卓の上には、昼間から片づけきれなかったものが並んでいる。


 塩袋。


 干し豆の皿。


 古布。


 春の薬草を包んでいた布切れ。


 余った紐。


 灰石橋の悪い場所を書いた木札。


 ラダーナ村からミストル村へ伸びる道を刻んだ、古い地図板。


 どれも村の暮らしに使うものばかりだった。手に取れば軽いものばかりだ。特別な宝物でも、領主へ差し出すような品でもない。


 それなのにヘルマンには、卓の上がひどく重く見えた。


 村長補佐が戸口の掛け木を下ろし、振り返る。


「村長」


 ヘルマンは、すぐには答えなかった。


 物資係の女は、空になった塩袋の口を結び直している。もう中身はない。ミストル村へ返礼として渡した後の袋だ。それでも、指が勝手に紐を探していた。


 灰石橋の木札の前では、年長者のひとりが膝に手を置き、板に刻まれた印をじっと見ていた。壁際では、使節団の代表が腕を組んだまま、まだ広場の方を気にしている。


 若い付き添いは、戸のそばで立ち尽くしている。慎重派の村人は、その横で下ろされた掛け木を一度見てから、口を結んだ。


 誰も、すぐには話し出さない。


 外の物音だけが遠かった。


 ヘルマンはようやく卓についた。


 視線が、卓の上の木札へ落ちる。


「まず、分かっていることを並べる」


 補佐はうなずき、卓の端にあった細い木片を手元へ寄せた。


「確認を始めます」


「足すな。想像で埋めるな。分かっていることだけだ」


「はい」


 補佐は、細い木片を一枚、卓の中央へ置いた。


「ミナ殿が来ることは確定」


 集会小屋の中の空気が、わずかに沈んだ。


 もう一枚。


「灰石橋を見る」


 さらに一枚。


「ラダーナ村にも挨拶へ来る」


 物資係の女が、塩袋の紐を握ったまま止まった。


 補佐は次の木片を探し、置くか迷ってから、結局置いた。


「日程は不明」


 戸口のそばで、若い付き添いが小さく息を吐く。


「分かっていることが少なすぎます」


「少ない」


 ヘルマンの目は、卓の上から離れない。


「だが、重い」


 壁際にいた使節団の代表が、一歩前へ出た。


「リィナ殿は、軽く言っておられました」


「軽かったな」


「本人には、本当に先に知らせておいた、というだけだったのでしょう」


「分かっている」


 ヘルマンは目を閉じた。


 あのハーピーは、悪意なく言った。荷の重さと風の方を、よほど気にしていた。だからこそ、残された言葉が重い。


 補佐は、残った木片へ目を落とした。


「バルド殿が来るとは、言っていませんでした」


「同行者のことも、言っておらん」


 補佐がうなずく。


「……魔物を連れて来ないとも、言っておりません」


 その言葉で、集会小屋の中が止まった。


 若い付き添いが、口を開きかけて、閉じる。


「それは……来るかもしれない、ということですか」


「分からん」


 ヘルマンの声は低かった。


「分からんから、困っている」



「バルド殿が来る場合と、来ない場合を分けましょう」


「分けろ」


 補佐は、手元の木片を左右に分けた。


「まず、バルド殿が来る場合。ミストル村の正式な村長はバルド殿です。村長同士の挨拶という形は取れます」


「それが本来の形だ」


 ヘルマンの返事は早かった。


「村と村の挨拶なら、村長同士で受ける。そこは崩してはならん」


 使節団の代表は、静かに首を横へ振った。


「ですが、魔物はミナ殿を見ていました」


 また、その言葉だった。


 誰も、軽く流せない。


 代表は、自分の目で見たものを思い出すように、卓の木目へ視線を落とした。


「バルド殿が村長なのは間違いありません。挨拶を受けたのも、バルド殿です。ですが、あの場でオークはミナ殿を見て止まりました。魔狼も、線を越えませんでした。ゴブリンたちも、棚や縄のところで、ミナ殿の言葉を待つように見えました」


 慎重派の村人が、息を呑む。


「ミナ殿は偉そうではありませんでした」


 代表の視線は、卓の木目から動かない。


「むしろ、気にしておられたのは火場や水路、丸太の置き場、それに荷の重さの方でした。橋のことも、こちらを責めるような聞き方ではありませんでした」


「ならば、なおさら村長同士で」


「……分からないんです」


 代表の声には、疲れがあった。


「本当に、それで大丈夫なのか」


 代表は、卓の木目へさらに目を落とした。


「怖いのです。あの方をただの付き添いとして扱ってよいのか、私には分かりません」


 ヘルマンは、卓を指で一度叩いた。


「バルド殿を差し置くな」

「だが、ミナ殿を軽く見るな」


 同じ声で二つ言ってから、眉間を押さえる。


「……両方を守るとは、どういう形だ」


 戸口のそばで、若い付き添いが小さく身じろぎした。


「バルド殿が来るなら、バルド殿をまず迎えるんですよね」


「そうだ」


「でも、それでミナ殿をただの付き添いみたいに扱ったら、まずいんですよね」


 ヘルマンは、眉間を押さえたまま答える。


「そう受け取られると困ることになるかもしれん」


 補佐は、左に分けた木片の前で手を止めた。


「……来られる場合は、そこが残ります」


 誰も答えなかった。


 補佐は息を吸い、右側の木片へ視線を移した。


「では、バルド殿が来ない場合」


 その場の何人かが、同時に顔をしかめた。


「村長同士の形が取れません」


 若い付き添いは、今度ははっきり顔を上げた。


「ミナ殿だけなら、何として迎えるんですか」


 答えは、すぐには出なかった。


 慎重派の村人が、言いにくそうに視線を泳がせた。


「森番の娘として、でよいのでは」


 代表は首を横へ振った。


「ただの森番の娘には、見えませんでした」


「では、村長としてか」


 ヘルマンの声が低くなる。


「違う。ミナ殿は村長ではない」


「では」


「だから困っている」


 補佐は、置こうとしていた木片を置けないまま、指の間で止めた。


 灯りの芯が、小さく鳴った。



 沈黙を破ったのは、若い付き添いだった。


「魔物も来るんでしょうか」


 誰も、すぐには叱らなかった。


 叱るには、その不安が自然すぎた。


 慎重派の村人が、喉を鳴らす。


「オークが来たら、村へ入れるのですか」


「分からん」


 ヘルマンの目は、木片から動かない。


「ゴブリンは」


「分からん」


「魔狼は」


「分からん」


「ハーピーは来るでしょう。リィナ殿がまた来るかもしれません」


「来るかもしれん」


 若い付き添いが、さらに小さく言う。


「スライムは……来ないですよね」


 物資係の女が、真面目な顔で考え込んだ。


「水路にいると聞きました」


「はい」


「水路ごと来るわけでは……」


「それは、そうですが」


 ほんの少しだけ、空気が揺れた。


 笑いにはならなかった。けれど、息を吐く隙間くらいはできた。


 ヘルマンは、その隙間をすぐ閉じる。


「魔物ごとに迎え方を決め始めたら、夜が明ける」


「もう夜です」


 口にした直後、若い付き添いはすぐに口を押さえた。


 ヘルマンは目を閉じ、短く息を吐く。


「なら、朝までかかる」


 物資係の女が、空の塩袋を畳み直した。


「誰が来るか分からない話を、今夜ぜんぶ決めるのは無理です」


 口紐を揃えながら、卓の上の木札へ目を向ける。


「けれど、ミナ殿が灰石橋を見る理由は、分かる気がします」


 何人かの視線が、そちらへ向いた。


「ハーピーに重い荷は任せられません」


 慎重派の村人が、眉を寄せる。


「無理をすれば飛べるのでは」


「落ちたら、誰が責任を取るのですか」


 慎重派は黙った。


 物資係の女は、卓の上に残った干し豆の皿を見る。


「トレオの商人も、橋が通れぬままでは、結局ラダーナ村止まりです」


「灰石橋か」


 ヘルマンの視線が、木札へ戻る。


 慎重派の村人が、その一枚を見つめたまま口を開いた。


「あの橋は、今は誰が見ることになっているのでしょう」


「誰の橋、と言い切れるものではない」


 年長者の声は低かった。


「昔は街道の橋だった。今は、うちのものでも、ミストル村のものでもない」


「だが、うちからミストル村へ行くなら、あそこを通る」


 ヘルマンが、木札を見たまま続ける。


「知らぬ顔をしてよい橋でもない」


 誰かが、小さく息を吐いた。


「もう少し、気にかけておくべきだったかもしれんな」


 ヘルマンはそこで口を閉じた。


 橋を今ここで直せるわけではない。


 それでも、卓の上の灰石橋の木札は、ただの古い橋の印ではなくなっていた。


 補佐の視線も、その木札へ落ちる。


「ミナ殿は、まず灰石橋を見るとのことでした」


「そのあと、こちらにも挨拶へ来る」


 ヘルマンの声は低かった。


 慎重派の村人が、落ち着かない様子で手を組み替える。


「迎えも出さずに、村で待つだけでよいのでしょうか」


 誰も、すぐには否定しなかった。


「では、橋のたもとまで出るか」


 ヘルマンの言葉に、補佐の手が止まった。


「村長が、ですか」


「バルド殿が来られるなら、それでよい。村長同士の挨拶で済む」


 ヘルマンは、木札から目を離さなかった。


「だが、ミナ殿だけだった場合は違う」


 慎重派の村人が、息をのむ。


「森番の娘を、ラダーナ村の村長が橋まで迎えに出る。外からは、そう見える」


「……重すぎますね」


 物資係の女が、ぽつりとこぼした。


 けれど、すぐに別の村人が首を振る。


「ですが、軽くも扱えません」


 ヘルマンは眉間を押さえた。


「重くすれば、こちらが下手に出たように見える。軽くすれば、粗末に扱ったように見える」


 補佐が、置きかけた木片を止めた。


「では、若い者を何人か」


「軽い」


「村の入口で待つだけなら」


「迎えも出さずに来させた形になる」


 ひとつ案を出すたびに、別のまずさが顔を出した。


 橋まで出れば重い。

 若い者だけでは軽い。

 村で待てば、迎えも出さずに来させたことになる。


 卓の上で、灰石橋の木札だけが妙に大きく見えた。


「……どこで、誰が、どの顔で受ければよいのですか」


 補佐の声は小さかった。


 沈黙した。


 灯りの油が減っている。芯が小さく鳴り、壁に揺れる影を作った。


 その影が、誰かの羽にも、誰かの耳にも見えた気がして、若い付き添いが少し肩をすくめた。



「普通に挨拶したら、だめなんですか」


 若い付き添いの声は、今度は少しだけ強かった。


「隣村としてです。バルド殿の村から来る方として迎え、村で挨拶を受ける。灰石橋を見るというなら、こちらも知らぬ顔はしない。ですが、過剰に下手へ出るわけでもない。隣村同士の礼を守る。それなら、形は立つはずです」


 補佐が、疲れたようにうなずく。


「本来なら、それでよいはずです」


「本来ならな」


 ヘルマンの目は、地図板の上から動かない。


 使節団の代表は、また首を横へ振った。


「ですが、ミナ殿を軽く見たように見えるかもしれません」


「またそこか」


 慎重派の村人が頭を抱えた。


「またそこです」


 代表の返事は静かだった。


「ミナ殿が魔物をどうこうしていると断定するわけではありません。ですが、魔物はミナ殿を見ていました。リィナ殿も、橋を見るという話を、ミナ殿の名で言いました」


「バルド殿ではなく」


「はい」


 ヘルマンは、地図板の上の灰石橋を見た。


「普通とは何だ」


 若い付き添いが口を閉じる。


「相手が普通ではないから、この時間に集まっている」


 物資係の女が、空袋の口を揃えた。


「ですが、丁重にしすぎても困ります」


 慎重派の村人が顔を上げる。


「軽く扱うわけにもいかないでしょう」


「分かっています」


 物資係の女の声は、柔らかくはなかった。


「ただ、礼を尽くすにも限りがあります。塩も干し豆も、余っているわけではありません。粗末にはできません。けれど、豪華にもできません」


「橋のたもとへ出るなら、手ぶらというわけにもいきませんな」


 年長者が、木札から顔を上げる。


「そうは言いますが、何を持っていくのですか」


 物資係の女は、卓の上を見る。


 干し豆。


 古布。


 薬草の包み布。


 空の塩袋。


 どれも、村にとっては必要なものだ。


 補佐が、手紙の下書きを引き寄せた。


「バルド殿宛てを基本に、ミナ殿へも礼を添える形はどうでしょう」


「手紙ならそれで済む」


 ヘルマンは下書きの端を押さえた。


「だが、実際に来られるのだ。手紙の一文では済まん」


「席を二つ用意する」


 慎重派の村人が、手元の木片を見たまま口にする。


 若い付き添いは、すぐに顔を上げた。


「どちらを上座にするんですか」


 慎重派の口が閉じた。


「外で立って挨拶を」


「バルド殿が来た場合、村長を立たせたままにするのか」


「では、村長だけ中へ」


「ミナ殿を外に置くのか」


「全員中へ」


「魔物がいたら」


 木片を置こうとしていた補佐の手が、宙で止まった。


 ヘルマンは目を閉じた。


「バルド殿を差し置くな」

「だが、ミナ殿を軽く見るな」


 もう何度目か分からない言葉だった。


「……何度言えば済むのだ、この言葉は」


 誰も答えなかった。


 答えがあるなら、もう出ている。



 外の足音は、少しずつ減っていた。


 家々の戸が閉まる音が、遠くでぽつぽつと鳴る。集会小屋の前を誰かが通り、灯りを見て、何も聞かずに去っていった。


 中では、木札だけが増えている。


「領主様へ知らせるべきでは」


 慎重派の村人が、低く切り出した。


 場の空気が、少し硬くなる。


「教会へ相談するべきではありませんか。魔物まで来る可能性があるなら、村だけで決めるには……」


「返事を待つ時間がありません」


 補佐の返事は早かった。


「ミナ殿は近いうちに来ると。詳しい日は分かりません」


「早馬を出せば」


「返事が戻る前に来られる可能性があります」


 使節団の代表が、壁際から慎重に一歩だけ前へ出る。


「ミストル村はこちらに敵意を見せませんでした」


「それは分かっている」


「こちらから領主様や教会へ知らせたことが伝われば、敵意と受け取られるかもしれません」


 慎重派の村人は、強く口を結んだ。


「では、黙っていろと」


「騒ぎ立てるな、ということです」


 ヘルマンの声が少し強くなる。


「外へ知らせるなとは言わん。だが、今ここで先に騒げば、こちらから関係を壊すことになる。相手は今のところ、友好的だ」


「友好的な魔物連れかもしれません」


「だから困っている」


 それ以上、誰も言えなかった。


 ミストル村は友好的だった。


 だが、普通ではなかった。


 ラダーナ村は敵対したくない。


 だが、何も知らないふりもできない。


 その二つが、卓の上で向かい合っていた。


 物資係の女が立ち上がり、油壺を取った。残りを見て、少しだけためらう。


 ヘルマンの視線が、油壺で止まった。


「足せ」


「明日の分が」


「足せ。暗いまま話す方が危ない」


 物資係の女はうなずき、ほんの少しだけ油を足した。


 灯りがわずかに明るくなる。


 その明るさで、全員の疲れた顔が見えた。



 慎重派の村人は、卓の端を見たまま、ぽつりとこぼした。


「対等にしようとするから、難しいのでは」


 場が止まった。


 補佐の視線が、そちらへ向いた。


「どういう意味です」


「いえ、その」


 慎重派の村人は、自分の言葉に自分で怯えた顔をした。


「普通に迎えれば軽く見える。丁重に迎えれば、どちらを上に見るかで困る。なら……最初から、こちらが下手に出れば」


「言葉を選べ」


 ヘルマンの声が低くなった。


「はい」


 村人は喉を鳴らした。


「いっそ、こちらから傘下に入ると申し出れば……」


 今度こそ、全員が止まった。


 若い付き添いの顔から血の気が引く。


「傘下って、言っていい言葉なんですか」


「よくない」


 補佐の返事は、ほとんど反射だった。


「待ってください。それは飛びすぎです」


 木札の前の年長者も、強く首を振る。


「ラダーナ村の方が、村としては大きいのだぞ」


「大きさの話ではないでしょう」


 慎重派の村人は、もう引き返せなくなった顔をしていた。


「相手が何であるか分からないなら、怒らせぬ形を取るしかありません。対等にしようとして間違えるより、下手に出れば、少なくとも無礼にはならない」


「傘下など、軽々しく言うな」


 ヘルマンが卓を叩いた。


 干し豆の皿が、小さく鳴る。


「言うな」


 慎重派の村人は黙った。


 けれど、言葉だけは消えなかった。


 下手に出れば、少なくとも無礼にはならない。


 危うい理屈だった。


 危ういのに、すぐには捨てきれない理屈でもあった。


 物資係の女が、空袋を握る。


「敵意がないことは、示さなければなりません」


「だからといって、村を差し出す話ではない」


 言い聞かせるような声だった。


 使節団の代表は、卓の木目を見たまま続ける。


「ミストル村は、こちらに何かを求めたわけではありません。ミナ殿も、支配を口にしたわけではありません」


「そうだ」


「ですが、こちらが普通に扱えば、軽く見たように見えるかもしれません」


「そこへ戻るな」


「戻ります」


 代表の目の下に、濃い影が落ちていた。


「何度でも、そこへ戻ります」


 誰も反論できなかった。


 若い付き添いの視線が、ヘルマンと補佐の間を行き来した。


「では、結局どう迎えるのですか」


 答えはなかった。


 ヘルマンは、卓の上を見た。


 灰石橋の木札。


 バルド宛ての手紙の下書き。


 ミナへの礼を添えるか迷った文の端。


 空になった塩袋。


 干し豆の皿。


 古布。


 細い紐。


 ラダーナ村からミストル村へ伸びる道を刻んだ地図板。


 どれも、持ち上げれば軽いものばかりだった。


 軽いはずなのに、今は全部が重く見えた。


 ヘルマンは、長く息を吐く。


「……もう一度、最初から整理する」


 補佐の顔が、少しだけ引きつった。


「最初から、ですか」


「最初からだ」


 ヘルマンは、木札を一枚ずつ並べ直した。


「ミナ殿が来る。灰石橋を見る。ラダーナ村にも挨拶へ来る。日取りは分からん。バルド殿が来るかも分からん。魔物が来るかも分からん。橋はうちのものではない。だが、無関係でもない」


 そこで、少しだけ目を閉じる。


「やりすぎるな。粗末にもするな」


 誰も、うなずかなかった。


 うなずくには、疲れすぎていた。


 外では、村の夜が深くなっている。家々の灯りは一つ、また一つと消え、井戸の縄が揺れる音も止まった。畑の方から、夜風が低く流れてくる。


 それでも、集会小屋の灯りだけは消えなかった。


 ラダーナ村の夜は長い……


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