表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森番の娘は魔王様?!〜魔物にご飯と仕事をあげていたら、辺境村が魔王領扱いされました〜  作者: 志摩 伊純


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/56

第30話 近くまでなら飛べる

第1部:辺境領と教会編

第6章:ハーピー便と広がる噂


 薪小屋の入口で、リィナは朝から胸を張っていた。いつもより少しだけ、羽も大きく見える。


 寒いからふくらんでいるのではない、と本人は言い張った。寒いなら寒いで毛布を使えばいいのに、今朝はきれいにたたんだ古い毛布の上に座っている。


 たぶん、昨日の仕事をまだ引きずっている。


 ミナが水桶を持って近づくと、リィナは待っていたように顔を上げた。


「おはよう」


「おはよう。すごいハーピーだよ」


「うん、リィナだね」


「すごい、が抜けてる」


「お腹は?」


「そこから?」


「そこから」


 リィナは少し不満そうに羽を揺らした。


「昨日、ちゃんと届けたし」


「うん」


「戻ってきたし」


「うん」


「中身も見てないし」


「うん」


「落としてないし」


「うん」


「干し肉の匂いにも勝ったし」


「寄らなかったのはえらい」


「ほら、すごい」


「お腹は?」


「ミナ、褒めるところ雑!」


「お腹」


「……空いてる」


 リィナは正直に言って、すぐ付け足した。


「約束破ってない!」


「うん。そこはえらい」


「そこは、って言い方」


「頭は?」


 リィナは、たんこぶのあったあたりに触れた。


「もう小石のことは言わないで!」


「頭が痛いかどうか」


「痛くない」


「羽、広げて」


「広げるけど、目がこわい」


「近くで見ないと分からないからね」


 リィナは渋々、羽を広げた。


 昨日より動きはいい。蔓で巻かれた跡も、ほとんど消えている。足先で地面をつかむ力もある。羽の先を動かした時、顔をしかめる様子もなかった。


 でも、ミナはすぐにはうなずかない。


「痛くはなさそう」


「でしょ」


「でも、昨日の帰りは少し遅かった」


「お腹が空いてたから」


「羽も下がってた」


「お腹が空いてたから」


「降りる時、少し跳ねた」


「それは地面が悪い」


 村道側から歩いてきたトマが、挨拶より早く突っ込んできた。


「地面は悪くなかったぞ」


 リィナは顔をしかめる。


「トマ、朝からミナみたいなこと言う」


「村が混乱しないようにってなると、だいたいこうなるんだよ」


「その言い方もミナっぽい」


「嫌な移り方だな」


 トマは水桶の横で足を止めた。昨日、標識の縄を替えたせいで、手の甲に小さな擦り傷がある。


「標識くらいなら余裕だったんだろ?」


 リィナはすぐ胸を張った。


「余裕。飛んだらすぐだったし。トマ、すごく驚いてたし」


「頭の上を飛ぶからだ」


「すごい登場だったから」


「標識が倒れかけた」


「倒れてない」


「倒れたら困る」


 ミナも標識の方へ目を向けた。


「倒れたら困る」


「ほら、また二人で同じこと言う」


 リィナは羽をふくらませた。それから、少しだけ空を見る。


「でも、標識の先も見えたよ。ラダーナの方。道が続いてて、空からなら近そうだった」


 トマの顔が少し変わった。


 ミナも、水桶から手を離す。


 リィナはその反応に気づき、調子に乗った。


「ラダーナくらいなら行けるし。たぶん。トレオだって、休めば行けるかも。空からなら、道って細く見えるし」


「見えることと、行けることは別」


 ミナは水桶の横で、リィナの羽と空を順に見た。


 リィナはすぐ顔をしかめる。


「むー!」


「行けることと、戻れることは別」


「難しいこと言わないで!」


「荷物を持つと、また違う」


「まだ増えるの?」


「お腹が空いてる時もだめ。風が強い時もだめ。疲れを隠すのもだめ」


「多い!」


「多いよ」


 トマも村道の先へ目を向けた。


「昨日の標識は近い方だしな。歩けばそれなりだけど、空からならすぐなんだろ。ラダーナは歩けばちゃんと遠い。トレオはもっと遠い」


「トマも難しいこと言わないで!」


「トレオはまだやめとけ」


「まだ何もしてない」


「顔がしてる」


「顔は自由」


「昨日も言ったな、それ」


 バルドが村側から歩いてきた。


 朝の冷え込みのせいか、いつもより肩掛けを深く巻いている。後ろにはガルム。さらに少し離れて、キキが森番小屋の戸口を見ながら立っていた。


「朝から何の話じゃ」


「リィナが、もっと遠くへ行けるかもしれないって」


 バルドはすぐ渋い顔になった。


「また面倒が増えそうなことを」


「うん。だから見る」


「見るだけか?」


「……たぶん」


 ガルムがリィナを見る。


「空は柵で囲めん。どこかへ行かれたら追えん」


 リィナは少しだけ羽をたたんだ。


「戻るし」


「昨日は戻ったとしても、今日も戻るとは限らん」


「戻るってば」


「風を見ろ」


 ガルムは空を見た。


 朝の風は弱い。ただ、村道の先は畑と草地が切れ、横風が入りやすい。森の上とは違う風になる日がある。


 ミナも空を見た。


 雲は薄い。雨の匂いはない。強い風もない。


 試すなら、悪くない日だ。


 ミナは森番小屋の中へ戻り、古い布を一枚持ってきた。そこへ小さな木片を二つ、丸い小石を三つ、短い縄の切れ端を入れる。重すぎない。けれど空では、何も持っていない時と違うはずだ。


 リィナがのぞき込む。


「小石」


「小さいの」


「この前、あたしを落としたやつの仲間?」


「頭には投げない」


 キキがすぐ反応した。


「石、頭、だめ」


「うん。頭にはだめ」


 ミナは小袋の結び目を押さえた。


「今日はこれを持って飛ぶ」


「中身、地味」


「地味でいい。なくしても大ごとにならないものにする」


「もっと信頼してよ!」


「まだだめ」


「落とさないよ!」


「……たぶん?」


 リィナは少し目をそらした。


「……大丈夫だってば」


「だから今日は木片と小石」


「信頼が遠い」


「昨日よりは近くなってきてるよ」


「なら食べ物も近づけて」


「戻ってからね」


「出た」


 ミナは小袋をリィナの腕にかけられるよう、細い輪を作る。昨日より少し重い。布が揺れると、羽に当たりそうだった。


「ここだと邪魔?」


「ちょっと」


「じゃあ、こっち」


「それなら平気」


「抱える?」


「抱えると羽が少し狭い」


「じゃあ腕にかける。落ちそうなら、戻って」


「落ちそうでも戻るの?」


「落としたら困る」


「中身、小石じゃん」


「落とさないかを見るんだから、中身は関係ないよ」


 リィナは口を開けかけて、閉じた。


 ルシェラが森番小屋の壁にもたれていた。いつの間に出てきたのか、腕を組んで楽しそうに見ている。


「空の者に、道を覚えさせるか」


「道じゃない。小袋を落とさないか見るだけ」


「王の声が届く境を測るのだな」


「声じゃない。木片と小石」


「ラダーナへ空の筋を通す。悪くない」


「今日はラダーナまで行かない」


 リィナも顔をしかめた。


「空は誰のものでもないし。風のものだし。でも、あたしは飛べるし」


 ルシェラは薄く笑う。


「ふむ、ならば飛んでみせよ、羽つき」


「その言い方やだ!」


「肉泥棒よりはよかろう」


「もっとやだ!」


 ミナは小袋の結び目を、最後にもう一度引いた。


「行き先は、昨日の古い標識。その少し先。ラダーナ方面の道が見える曲がり角まで」


「ラダーナは?」


「行かない」


「見るだけ?」


「見るだけ」


「トレオは?」


「行かない」


「見てもだめ?」


「見てもいいけど、行かない」


「王都は?」


 ミナとトマとバルドとガルムが、ほぼ同時にリィナを見た。


 リィナはすぐ羽を小さくした。


「言ってみただけ」


「言ってみるのもだめだぞ」


 トマの顔も真面目だった。


 バルドも重くうなずく。


「王都など、話に出すな。わしの胃がもたん」


「胃、よく出てくるね」


「お前らのせいじゃ」


 ミナは条件をひとつずつ指で数えた。


「道の上を飛ぶ。森の上へ入らない。曲がり角まで。ラダーナ村までは行かない。トレオ方面へ行かない。小袋を開けない。落とさない。疲れたら戻る。戻ったら、どこまで行ったか言う」


 リィナは途中から目を細めた。


「飛ぶ前に疲れる」


「疲れるならやめる?」


「飛ぶ!」


「じゃあ覚える」


「ミナ、ずるい」


「大事だから」


 トマの声が少し低くなる。


「俺も言っておく。標識の先は少し風が変わる。畑が切れて、草地が開けるからな。そこで低くなりすぎるな」


「分かった」


「あと、ラダーナ側の道は見えると近そうに見えるけど、近くない」


「分かったってば」


「顔が分かってない」


「顔は自由だし」


「自由にするな」


 リィナは小袋を腕にかけ、足先で地面を蹴った。最初の羽ばたきは軽い。


 でも、小袋が少し揺れた。


 リィナはすぐ腕を寄せ、もう一度羽を打つ。薪小屋の屋根を越え、森番小屋の軒先を越えたところで、少しだけ高度を整えた。


「落とさない!」


 空から声が降ってきた。


「まだ何も聞いてない!」


 トマが空へ顔を上げる。


「先に言った!」


 リィナは少し笑ったように見えた。


 それから、村道の方へ飛んでいく。


 大人ゴブリンたちは炭焼き跡から空を見ていた。キキも木札の外で首を上げている。


「リィナ、飛ぶ」


「うん。飛んでるね」


 ミナも空から目を離さなかった。


 ロウは森側で耳だけ動かした。金色の目は、飛ぶ影を追っているようで、追っていないようにも見える。


 標識までは、リィナにとって本当に余裕だった。


 昨日通ったばかりの道だ。村道は細いけれど、上からならすぐ分かる。霜で白くなった草の間を、土の筋が伸びている。水路は左へ細く光り、畑はまだ眠たそうな色をしていた。


 小袋は軽い。


 でも、何も持っていない時とは違った。


 腕にかけていると、羽を大きく動かす時に布が揺れる。強く抱えれば落ちないが、抱えすぎると肩が少し固くなる。


「平気」


 リィナは小袋を腕に寄せた。


「このくらい、葉っぱみたいなものだし」


 その葉っぱみたいな小袋が、風に少し振られた。

 リィナは慌てて腕を寄せる。


「葉っぱよりは重い」


 自分で言い直した。


 標識が見えた。昨日の標識だ。


 トマが直した縄は、まだしっかり結ばれている。木札も少しだけ新しく見えた。


 リィナは得意になって、その上を通り過ぎようとした。


 ふっと、風が変わった。


 草地が開けたところで、横から冷たい空気が来る。羽の先が持っていかれた。


「わ」


 リィナは少し高度を下げた。小袋を抱え直す。落ちてはいない。でも、さっきまでより軽くはない。


 標識の先、村道は二つに分かれる。片方はラダーナの方へ、低い丘の向こうへ伸びている。もう片方は、もっと先へ、トレオの方へ続く道だ。


 曲がり角までは、もう少し。


 リィナは迷わず、ラダーナ側が見える方へ飛んだ。


 森の上へは行かない。道から大きく外れない。小袋は開けない。自分で思い出すたびに、少しミナの声みたいで嫌だった。


「でも、落としたらご飯が遠くなる」


 それは嫌だった。


 曲がり角の手前に、古い石積みがある。たぶん、昔の道端の目印だ。半分崩れて、草に埋まっている。


 リィナはその上を少し越えた。


 そこから、ラダーナ方面の道が見えた。遠くに、畑らしい色がある。小さな煙も、見えた気がする。村そのものは、はっきりとは分からない。でも、あの向こうに人の暮らしがあるのは分かる。


「見える」


 リィナは息を吐いた。


「空からなら、行けそう」


 言ってから、小袋を抱え直す。


 腕が少し疲れていた。羽も、標識までより重い。行けそう。でも、帰りがある。


 ミナが言っていた。行けることと、戻れることは別。


「別がほんとに多い」


 リィナは少しだけ悔しそうに、ラダーナの方を見た。それから、トレオ方面の道も見る。


 そちらは、遠かった。


 道は続いているけれど、空から見ても遠い。途中で林もある。開けた場所もある。風も変わりそうだった。


「トレオは……」


 言いかける。


「まあ、休めば、たぶん」


 声は小さかった。いつもの大きな声ではない。リィナはそれを自分で聞いて、少しむっとした。


「今日は行かないし」


 誰もいない空に言って、体を返す。帰り道は、行きより少し疲れた。お腹は空いている。


 朝、何も食べていないわけではない。けれど、飛ぶと空腹はすぐ顔を出す。


 村道の脇に、赤い実が見えた。昨日も見た実だ。


「戻ってから」


 リィナはそう口にして、小袋を見た。


「開けない」


 今度は小袋へ向けるように、声を落とす。


 小袋の中は木片と小石だと分かっている。分かっているけれど、見ないと言われると、少し見たくなる。


「見ない」


 リィナは羽を強く打った。


 標識を越える。そこから先は、風がまた少し楽になった。


 ミストル村が見える。


 森番小屋。薪小屋。水路。炭焼き跡。木札。 黒枝の森。


 村道の端で、人影が空を見ている。


 ミナだ。


 リィナは最後に少しだけ格好よく降りようとした。


 小袋が揺れる。


 森側でロウの耳が動く。


 リィナはすぐ、普通に降りることにした。


 足先が地面につく。一歩、二歩、少し跳ねた。でも転ばない。


「戻った!」


 声は元気だった。


 そのあと、リィナは小さく息を吐いた。


「ふー」


 ミナはその息を聞いた。


 それから、リィナの顔を見る。


「疲れた?」


「疲れてない」


「今、ふーって言った」


「風を吐いただけ」


「風は吐かない」


「ちょっとだけ」


「疲れた?」


 リィナは少しだけ羽をしぼませた。


「ちょっとだけ」


「羽、見せて」


「はいはい」


「返事が雑」


「疲れてるから」


「今言った」


「言ってない」


 横からトマの声が入る。


「言ってたぞ」


「トマまで聞かないで!」


「聞こえたんだよ」


 ミナは小袋を受け取った。


 結び目はそのまま。布は濡れていない。草もついていない。中身を振ると、木片と小石の音がした。


「開けた?」


「開けてない」


「落とした?」


「落としてない」


「捨てた?」


「捨ててない」


「どこまで行った?」


「標識の先。ラダーナの方が見える曲がり角。古い石が積んであるところ」


 トマは村道の先を思い出すように、目を細めた。


「そこなら合ってる」


「ラダーナ村までは?」


「行ってない」


「トレオ方面は?」


「見ただけ」


「どうだった?」


 リィナは少しだけ口を尖らせた。


「遠い」


 その一言で、バルドの眉が少し緩んだ。


 ガルムも小さく息を吐く。


「自分で遠いと言えるなら、まだましだ」


「褒め方が小さい」


「十分だ」


 ミナはリィナの羽を見た。


 痛んでいる様子はない。ただ、羽の先は少し下がっている。腕も、小袋を持っていた側だけ少し固そうだった。


「小袋、邪魔だった?」


「ちょっと」


「重かった?」


「重くはない。でも、風で揺れた」


「抱えると?」


「羽が狭い」


「腕にかけると?」


「落としそうで気になる」


「じゃあ、持ち方はまた考えるね」


「また増えた」


「増えたね」


 リィナは不満そうだったが、さっきほど元気には羽を動かさなかった。


 ミナは鍋の方を見る。


 朝の薄い汁は、まだ少しある。昨日より少ない。けれど、仕事をした分として出すなら、小さな椀に一つ分はある。


 その前に、整理する。


「標識までは、たぶん余裕」


 リィナがすぐ胸を張る。


「余裕」


「標識の先は、風が変わる」


「変わった」


「小袋を持つと、飛び方が変わる?」


「ちょっとだけ」


「ラダーナ方面は、天気がよくて、軽いものなら、大丈夫かもね」


 リィナの顔が明るくなる。


「じゃあ」


「でも、今日は行かない」


「えー」


「トレオはまだだめ」


「まだ何も言ってない」


「顔が言ってた」


「みんな顔を見る」


 トマが腕を組む。


「ラダーナは、晴れてて、風が弱くて、軽いものなら、って感じか」


「うん。あと、お腹が空きすぎてない時」


「それが一番難しいかもな」


 リィナが抗議する。


「あたしだって我慢できるし」


「昨日も言ってたよ」


「昨日よりできる!」


 ミナはリィナの羽の先を見て、うなずいた。


「昨日よりは、できたね」


 リィナは少しだけ黙る。


「そこは、もっと褒めてもいいところ」


「うん。今日は、ちゃんと戻った。開けなかった。落とさなかった。行きすぎなかった」


「褒めてる?」


「褒めてる」


「じゃあいい」


 キキが近くまで来ていた。


 ミナの横で止まり、リィナの小袋を見る。


「リィナ、戻る」


「戻ったよ」


「落とさない」


「落としてない」


「食べる」


「これから」


 キキは少し考えた。


「仕事、して、食べる」


「そう」


 リィナの羽が少しだけ得意そうにふくらんだ。


「仕事したから食べる」


 大人ゴブリンたちが、炭焼き跡の方でざわめいた。意味を全部分かっているわけではない。ただ、リィナが飛び、戻り、小袋を返し、食べ物をもらう流れを見ている。


 またひとつ、ここで暮らすための順番が増えていった。


 ルシェラは満足そうだった。


「空の距離を量り、食をもって結ぶ。よい」


「距離を量ったんじゃない。疲れるか見ただけ」


「同じだ」


「違う」


「いずれラダーナにも、空の影が落ちる」


「落ちない」


「今日は、な」


 ミナは返事をしないことにした。


 リィナが椀を抱えたまま、横から顔を出す。


「怖い人、すぐ大きくする」


「うん」


「ミナはすぐ小さくする」


「小さい話だから」


「小袋だけに?」


 トマが変な顔をした。


「今の、言わない方がよかったぞ」


「お腹空いてるから!」


「それで全部許されると思うな」


 ミナは小屋へ戻り、木椀に薄い汁をよそった。根菜の端と豆が少し。肉はない。でも、昨日より小さな芋の欠片が一つ入っている。


 薪小屋の前の石に置く。


「戻った分」


 リィナは椀を見た。


「小袋分?」


「小袋分」


「ラダーナまで行ったら?」


「まだ行かない」


「聞いただけ」


「行けるかは、また見る」


「見るが多い」


「多いよ」


 リィナは椀を取って、一口飲んだ。すぐ速くなりかけて、少し止める。


 ミナをちらっと見た。


「ゆっくり?」


「うん」


「空腹だって余計に感じるんだけど」


「でも、気持ち悪くなるよりいい」


「それはそう」


 リィナはしぶしぶ、でも昨日より少しだけ丁寧に飲んだ。


 バルドはその様子を見て、重く息を吐いた。


「一回飛べたからといって、何でも任せるなよ」


「うん。塩も、薬もだめ。大事な手紙もまだだめ」


「肉もだめじゃ」


「肉もだめ」


 リィナが椀から顔を上げる。


「肉は運ばないよ。食べたいけど」


「そこは正直でよろしい」


「褒め方が村長」


「わしは村長じゃ」


 トマは空を見た。


「外から見たら、今日のこれ、完全に飛べる範囲を測ってるように見えるな」


「測ってない。疲れるか見た」


「それを測るって言うんだよ」


「小袋が落ちないかも見た」


「余計にそう見える」


「でも、そうじゃない」


「そこなんだよなあ」


 ミナは小袋を開けた。


 木片が二つ。小石が三つ。縄の切れ端が一つ。全部ある。


 小石のひとつを手に取り、リィナに見せる。


「戻ってきたね」


 リィナは椀を抱えたまま、少し胸を張った。


「あたしも戻ってきた」


「うん」


「小石も戻ってきた」


「うん」


「頭には当たってない」


 キキの目が、真面目に小石へ向いた。


「石、頭、だめ」


「うん。だめ」


 リィナは笑いかけて、少しだけ羽を下げた。やっぱり疲れている。ミナはそれも見た。


 見たから、今日はもう飛ばせない。


「今日は終わり」


「えー」


「羽が下がってる」


「下がってない」


「下がってる」


「ちょっとだけ」


「ちょっとでも、今日は終わり」


 リィナは不満そうにしたが、椀の中の芋の欠片を見つけて、少し機嫌を直した。


「明日は?」


「明日の朝、羽を見る。風を見る。お腹を見る」


「お腹も見るの?」


「鳴ったら分かる」


「見る前に聞こえるじゃん」


「そうだね」


 リィナはむっとしながら、芋を食べた。


 夕方、トマが村道の方を見に行った帰り、標識の先の風の話をもう一度した。


「今日は弱かった。あそこで少し揺れたなら、風がある日は危ないな」


「うん」


「ラダーナまでは、天気がいい日だけだな」


「まだ行かせない」


「分かってる。けど、いつかは言い出すだろ」


「言い出すかな」


「お前が塩壺を持ち上げるたびに顔に出るからな」


 ミナは塩壺を思い出した。軽い。昨日も軽かった。今日も軽い。リィナが運べるのは、小袋くらい。


 ラダーナ方面は、天気がよくて、風が弱くて、リィナのお腹が空きすぎていなくて、小袋が軽ければ、大丈夫そうだ。


 近くまでなら飛べた。


 小袋を落とさず戻れた。


 少し疲れていた。


 今日はそれだけで十分だった。


 薪小屋の布が、夕方の風で小さく揺れる。


 リィナは入口で、毛布にくるまりながら羽を休めている。さっきまで「まだ飛べる」と言っていたのに、もう少し眠そうだった。


 ルシェラはその横で腕を組み、相変わらず見張りのように立っている。


「空の者よ、眠る前に羽を休めよ。明日も道を見るやもしれぬ」


「怖い人に言われると、なんか命令っぽい」


「命令ではない。忠告だ」


「もっと怖い」


 ミナは木椀を受け取った。


「洗う?」


 リィナは毛布の中から顔を出す。


「洗う。食べたから」


「うん」


「でも、ちょっと休んでから」


「今日はいい。羽が疲れてるから」


「疲れてないし」


「じゃあ、休まなくていい?」


「……ちょっとだけ疲れてる」


「うん」


 ミナは椀を持って、水桶の方へ向かった。


 水は冷たい。指先が少し痛い。


 冬は近い。塩は軽い。


 でも、今日は小石と木片が戻ってきた。リィナも戻ってきた。


 ミナはそれを確かめるように、木椀を洗った。


 まずは、明日の風を見る。それから、塩壺を見る。


 そのあとで、また考える。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ